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◇ 梨木香歩「海うそ」

とっても民俗学的な小説。
なんというか、小説にするより、実際に民俗学のレポートとして出版した方が
はかがいくんじゃないかというような内容の話。

何しろ主人公がフィールドワークにやってきた(後年の)民俗学者。
その時はまだ若く、学生?研究者?戦前のこととてささやかに一人っきりで離島にやってきた。
作品中では遅島という名前。モデルは甑島じゃないかとどっかで読んだ。

内容も相当に民俗学寄り。それにロードノヴェルの雰囲気が少々足される。
早い話、こないだ「冬虫夏草」でやったことをもっと赤裸々に、現実らしくやったのが本作。

面白かったです。民俗学は嫌いではない。と思う。
ちょうどわたしも廃仏毀釈について気になっている時期で、
廃仏毀釈についての本も(多分10年後くらいに)読んでみようとリストアップしたところ。

長年それなりの関係を保ってきた筈の仏教と神道、このタイミングでどうしてここまで
迫害する/されるという関係になってしまったのか?という疑問。
西暦500年代半ば頃渡って来たとして、それはまあ渡って来た頃には色々あっただろう。
聖徳太子が戦った物部守屋の変とかね。でもその後は何とかそれぞれのスタンスを保ち、
本地垂迹説が広く認知され、大きな寺の敷地内には鎮守社が置かれた。
そんな関係で千何百年もやってきたのに、なぜここまで厳しく仏教が排斥されてしまったのか?

この本は、別にこの疑問に根本的に答えてくれるわけではないんだけどもね。
しかし多少なりとも触れたことで共時性を感じた。

もう何もない大伽藍の跡に佇み、その“無いこと”に対して主人公が衝撃を受けるシーンを読んで、
こういう感受性が近頃枯渇していると感じる。
昔は場所に反応して感じる心があった筈なのだが、やっぱりこういう部分、
齢と共にすり減ってくるんですねえ。

島には親切な老夫婦がいたり、社会的に成功した人が引退後住んでいる洋館があったり、
平家の落人集落ではないかと考えられる村に住んでいる若者と心の交流があったり、
今から考えると、RPG的な小説ともいえる。
面白かったです。こういうのもっと読みたいと思っても、同じスタイルでは書けなかろうな。

50年後、老年になった主人公は、そのかみの遅島に本土から橋がかかり、
開発されることになったというニュースを知る。
それはたまたま、自分の息子が勤める建設会社の行なう開発で、息子はその島で仕事をしていた。
主人公は50年ぶりにその島にわたり、もう何もないことを知る。

50年前にはまだ何とか形を保っていた集落は消え去り、
老夫婦は当然亡くなり、
洋館もあとかたもなく取り壊され、展望台になっており、
修験道の聖地であった山はセメント山として切り崩され、
50年前にはかろうじて口伝が残っていた伝説の跡も、もう何もない。

知らなければ。あるいは消えてしまえば、それはそれだけのもの。
消えていくことを、知らずにいることを、誰が誰を責められるのか。
こんなことはこの世界でいくらでも起こっていること。

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梨木香歩はひとまずはツブし終わり、課題図書リストの最後に回す。
なのでしばらくはお別れ。
でもこの2014年発行の本作以後、2冊くらいしか出版してないのが心配ですね。
良心的な書き手として、一定のペースで書き続けて欲しい。

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