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◇ 鹿島茂「怪帝ナポレオン三世 第二帝政全史」

パリ風俗を書かせたらかなり面白い著作を書く人だが、書評とかはいまいち。
そんな鹿島茂が分厚い本を書きました。文庫本で600ページ。
全史なんて大きく出ちゃって大丈夫か?と内心ツッコミを入れる。

そしたら大丈夫でした。みっちり描いた大作。
ナポレオン三世なんて名前しか知らないわたしでも大変楽しめました。
見くびっててすみません。

ナポレオンは有名だが、ナポレオン三世は……まあ有名じゃないとも言えないが、
その人となり、事績が日本人に認知されているかというと、おそらくされてませんわな。
まああのナポレオンの甥であることと、せいぜいパリ改造のオスマンとセットで出てくるくらいだろう。

でも意外に変人だったようでね。鹿島茂も変人好きなきらいがあるからね。
多分楽しんで書いたと思うよ。

若いころのやっつけクー・デタは、読んだ後でもよくわからないが……
持ち上げられるだけのおっとりしたお神輿なら別、策謀家という側面を持つんなら、
1度目と2度目の、まったく何も考えてないように見えるクー・デタの方法論っていったい……
ここは現象面を述べるだけではなくて、もっと突っ込んだ鹿島茂なりの回答を読みたかったものだ。
謎であり、どうしてこうなったのかいくら考えてもわからない、というだけじゃなくて。

まあ3回目は人を得て、クー・デタ成功したようなんですけどね。

ナポレオン帝政から共和制になって、また帝政に戻すというのはどういうことなんだろうなあ。
王政復古ってのはわからないでもないんだ。
なんのかんの言ったって、何百年も馴染み親しんだ王様。
でもナポレオンなんかは、コルシカ島のぱっとしないその辺の庶民でしょ。
歴史も血筋もない。

ああ、でも秀吉なんかと同じか。秀吉も庶民も庶民、細民だったけど天下人まで上り詰めて、
今でも人気あるしね。万城目学が「プリンセス・トヨトミ」なんかを書いちゃうくらいだから。
あの時点で生き延びた秀頼、あるいは秀頼の子供あたりが旗持って立ちあがったら、
徳川の天下も違ってたかもしれないんだ。

とはいえ、この帝政は何とも奇妙な、いわば共和主義者による帝政といったごときものであったらしい。
まず第一に国民の幸福。皇帝というのはまず第一に自分の権力基盤の確立・その継続が普通だろうが、
ナポレオン三世には国民の幸福という理想があり、その目標はだいたいにおいてブレがないそうだ。

ナポレオン三世時代の大ごとと言ったらオスマンのパリ改造があるが、この辺の話も面白かったな。
あれだけ思いきったスクラップ&ビルドをやるなら(しかも首都で)、
やはり知事程度の権力だけでは無理で、最高権力者が背後についてこそ。
というより、実際に有能に事にあたったのはオスマンだったが、
そもそも誰よりもナポレオン三世に新しいパリのビジョンがあったらしい。
強力な推進装置としてのナポレオン三世と、有能な実行機関としてのオスマン。
凱旋門の上からパリを見たことがある人なら、やはりオスマンの名は忘れられない。

しかも今回この本を読むと、わたしの想像より、改造前ははるかにひどく、改造後ははるかに
時代の先を行っていたようなんですな。
改造前は中世そのまま。改造後は、当時の常識ではあり得ないほどの広い道幅など、
今でも使える先見性。すべからく、こうありたいものです。何十年も使い続けるものとなれば。
しかしそこまで遠くを見られる人はほんの一握り。

政治も経済も風俗も建築も、けっこうみっちり書いてくれて面白かった。
正直、経済は多少飽きて、20ページくらい飛ばした(^^;)。

他をみっちり書いたせいで、ナポレオン三世がだいぶ背後に退いて、忘れられた部分もありましたな。
今回ナポレオン三世の人となりで印象に残ったのは、――相当な女好きだったということ。
あと理想主義者というのも覚えておいてもいい。
没落はあっという間でコミカルに物悲しく、哀れを覚えるが、それも彼らしいというべきか。

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