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◇ 飯嶋和一「雷電本紀」

雷電とはあの雷電。つまり江戸時代のお相撲さんの話。

現在のわたしは相撲にまるで興味がない。
まあ長い人生の間には、人並み程度は力士の名前なんかも知ってた頃もあるのだが、
……今、力士ですぐ名前が出てくるのは白鵬くらいなもので、しかも白鵬の顔となると多分この人だと思う……程度の心許なさ。
ニュースもワイドショーもキライで、新聞も読まないので、興味のあること以外はアホみたいに物を知らないんです。
そして現代社会にはほとんど興味がない。

でも江戸時代だからね。歴史でしょう。歴史は好き。特に構えずに読み始めた。

――読んでいる間、半分くらいは泣いていた。
400ページ超の本、外読みをしていたので、地下鉄でも泣き、昼ゴハン食べてても泣き、
料理を運んできてくれたおねーさんを涙目で見上げてぎょっとさせたりしていた。

そこかしこに泣きポイントがある。
この話は一言で言うなら雷電為右衛門の一代記。江戸で最強だった相撲人、一体どこに泣きポイントがあるというのかというと……
雷電の人物設定が普通じゃないんです。
身を捧げた人。何に?――なんだろう。世の中に。世の中の不幸に。不幸な、惨めな、吹けば飛ぶような細民に。

信濃の、浅間山の噴火で作物のとれなくなった貧しい地方に生まれ。
穀物買占めをしている商家への打ちこわし、一揆などが時たま起こる土地柄だった。
荒れ果てた土地と人心。雷電の力足がその荒れた人の心に精気を吹き込む。

金や物を持っていた強い立場の人々は、雷電の真剣勝負の相撲を嫌った。
取り組み相手が骨を折ったり、痛めつけられてそれ以後相撲がとれなくなるような――情け容赦のない相撲を嫌った。
相撲取りは各藩のお抱えだから。抱えてる方の武士の面子もあれば、あまりにむきつけの闘いは、
秩序のなかで生きている人の嗜好には合わなかった。少なくともこの作品世界では。

しかし力無い者たちにとっては、雷電は大地の精霊のごときもの。
細民の食うや食わずのやせ細った体に、いつでも一所懸命の雷電の相撲の呪力は活力を吹き込んだ。
流行り病で子供を亡くす親が多かった時代、雷電のまわりには厄除けに子供を抱いてもらおうとする貧しい人々が群がった。
藩のお抱えになり、刀も差せるようになった力士が貧しい人を相手にすることは少ない。
そんななか、雷電は長い間、貧しい赤ん坊たちを抱き上げ続けた。

――と、この作品ではそういうことになっている。が、どの程度史実なのかは不明。
飯嶋和一は多分歴史ファンタジーというべきジャンルなんだろうなあ。
書いてあることは相当の史実を下敷きにしているのだとしても、この本では雷電は普通の人間というよりは、
半神半人のような感じですもんね。
ヘラクレス。ああ、そうそう、あんな感じ。

でも雷電をなかなか思慮深い人物に描いていてですね……むしろ雷電の内面などは書かない方が、造型としてはすっきりしたかも。
内面を書くと、最後のあたりの整合性が若干気になるんだよなあ。まあ瑕になるほどではないが。

江戸時代の相撲なんて見たこともないだろうに、何回もある取り組みの様子を、細かく誠実に書いている。
……相撲に興味がないわたしは正直目が滑る箇所だが。でも見えるように書こうと努力する姿勢を感じて吉。

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タイトルが「雷電本紀」ですからね。だいぶ作者の思い入れを感じる。
そして本紀とすることで、古代的な呪術的な雰囲気も漂う。いいタイトルだったと思います。

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