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◇ 天城一「天城一の密室犯罪学教程」 

けっこうな厚さのある単行本。
第一部は相当短い部類の短編10編、第二部が江戸川乱歩への献詞と序説、9章に分かれる密室小説制作理論、
第三部はわりと長めの短編。第一部は普通に切れ者の島崎警部が主人公、第三部は天才型探偵の摩耶が主人公。

第一部を読んで、文章がシンプルで、その部分は気に入った。何十年も前に書かれた小説の筈だが、
舞台設定は大時代的だけれども、地の文の古めかしさは少ないと感じる。
時代を写した文章には味わいがあって好きなものは好きだけれども、読みにくくなってしまう作品も多々あるし、
何十年も前に書いてこのシンプルさはいい。読みやすい。

だが、短編を読み進むうちに大きな疑問が。
……これ、途中だいぶ抜けてますよね。必要な文章が。あるいは必要な単語が。
ページをめくるたびに「あれ?1ページ抜かしたかな?」と後に戻って確認するほど、
前後に繋がりが……ない、と言い切れるわけではないが、とにかくここにもう何行かは必要だと感じるところが
数えきれないほどあった。

書きはじめの頃で文章修業が足りなかったのか、推敲に推敲を重ねてぎりぎり削れるところを削っていったら
うっかり削り過ぎてしまったのか。どちらなのか迷った。
筆者の経歴を見ると、本業は数学者らしい。理系で頭の良い人。
それを知ってもどちらの理由なのかはわからなかったが、基本削ぎ落とした文章を好みそうなタイプとは納得した。
まあどっちにしても若気の至り的な部分はあるだろう。

良い印象を持ったまま、次は第二部に入る。

献詞は江戸川乱歩へのもの。
半世紀前に乱歩の家へ行った時の事から書き起こし、「宝石」に推挙してくれた感謝なども書いている。
先生。と何度も呼びかけながら手紙形式で切々と訴え。
少々嫌味なくらい謙譲が強すぎる文章だけれども(小説とうって変わってコッテリした言葉数多い文章)
それだけ敬愛していたんだろうなあと思った。
1991年の文章。乱歩はとうに亡くなっている。

……だが、本論である<理論編>の序説を読み始めると、ハテ?と首を傾げる。

10編の自作を例にとって10の密室のタイプに応じて講ずれば、
「密室など乱歩がいうほど困難なトリックではないことを実証できますし」
とかいう文章が出てくる。

あれ?と思って、献詞に戻って読んでみると、
要は(世間を見渡すに“要は”と言う人ほど全く要点を掴んでない矛盾。要自戒。)
“密室トリックなんて乱歩が有難がるほど大したものではなく、以下の分析を読んで書けば
誰でも書けるようなもんだ”……そういう要約でいいですか?

うーん。言ってることは一つの意見ではあると思うけど、その書き方がね。思ってたより狷介な人?
そう思ってしまうと、一度目は微笑ましく読んだ献詞も、その過度な謙譲の表現がむしろ嫌味?
最初は全く気にならなかった「束脩代わりにと御嘉納頂きました持参の原書がセイヤーズの著書」で、
そのタイトル忘れた、とかいう書き方もなんか気になってくる。

そして献詞に、「先生の最大の失敗は明智小五郎の創造」、
「倉の中に籠もって≪幻影の城主≫を気取られた先生は、明智と最も反対の対極におられたのではないでしょうか」
これも言ってることは一つの意見だと思うけど、気取られたって書き方もねえ。どうなのかと思えてくる。

第二部を読み終わって最初の印象がだいぶ変わってから第三部を読むと、
第一部の欠点がさらに目についてね……。
超(?)短編だった第一部より、第三部はそれぞれがだいぶ長くなっているんだけど、それでも書き落とし感がある。
書き落とし感がひどいので、解決部分が全く記憶に残らず(わたしの記憶力の問題もあるが)
あれ?解決されてたかな?と戻って確認することが何度かあった。

さらに第三部では、わたしの大嫌いな
という人→とゆう人
とゆう書き方を採用しており、それがとても頻繁に出てくるのでいらいらする。

で、自慢の密室トリックも、
――密室トリックなんて自慢するほどのものじゃない、なんぼでも書けるようなものだ、ということを
そもそも書くための著書なんだから自慢じゃないんだろうけれども――
正直、バカミスレベルなのよ。

今気付いたが第一部も第三部も10編だから、これはどちらも多分第二部で説明した10の密室トリックの
作例なんだろう。道理で同じトリックが2度出てくるわけだ。
こんなトリックを2度も使い回しする人って……と思っていたが。

だって「心理的な密室」パターンで、老嬢が2人目撃者で出入りする人を見なかったので密室。
というトリックが、→犯人の男性が裸だったので、性的抑圧の強い老嬢たちに心理的な壁が築かれた。→見えない。
とかいうんだよ。よほど話をそれらしく持って行けばいいけど、短編では無理でしょ。
もう一つ呆れたのが、目撃者に隙間から映画を見せる。というもの。
映画を見せて密室といっていいなら何でも出来ますわな。物的証拠も残りまくるし。

トリックがそこまで重要なもんじゃない、という意見は検討に値すると思うが、
そのお粗末な自作でそう言われても説得力に欠けると思うよ。

……実はもっと書きたいことはあるが、ええ加減長くなってきたので止めておく。
書かないことの方がより一層この作者についての普通の感想なのだが、それよりもわたしにとっては
乱歩に対するスタンスの違和感の方が強い。

天城一の密室犯罪学教程
天城 一
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最初は好印象で読み進め、半ばでこんなに印象が転換してしまった本も珍しい。
天城一傑作集、順番に読んでいこうと途中までは思っていたのだが、
多分書き落とし感はずっと続き、それを乗り越えられないだろうと思うので、いいや、これだけで。

この本は有栖川有栖推奨。うーん。

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