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◇ アーヴィング「アルハンブラ物語 上下」

アメリカ文学最短コース遍歴中。

わたしは文学作品が好きな方ではなく、とりわけアメリカ文学は「アメリカとはなんぞや?」という
疑問から基本ラインをツブしているに過ぎない。
なので、今まで読んで来たアメリカ文学のラインは、修行、あるいは苦行に近いのだが、
これは読んでとても愉しかったです。

よく聞くタイトルだけど、こんな作品だったんですねえ。
アメリカ人が書いたアルハンブラの物語。――は?という感じでしょ?
アメリカ人がアルハンブラの何を書くのか。何を書けるのか。

そしたら、実に素直に“聞き書き”の話でした。
スペインに旅して、魅力的なアルハンブラに滞在し、そこで聞いた昔話を詩情豊かに再話している。

アーヴィングの立場は旅行者で、そういう意味では読者のほぼ全てが同じ立ち位置で読める。
それこそ“アルハンブラの息子”が書いたりすれば、
あまりにも熱が入り過ぎて、読者は共感しにくいだろう。
アーヴィングが書いたからこそ、その興味と憧憬とかすかな懐疑は読者のものだ。

滑らかで上品な語り口。これは訳文もお手柄なんだろう。語り手の誠実な人柄を感じさせる。
魔法的な――芝居がかった話を、芝居がからずに軽快に書いたのが成功している。
その上で、しつこくない程度に煌めきをちりばめてあるので、その魔法的なアルハンブラも感じられる。
行ったことがある人はその経験なりに。行ったことのない人はないなりに。
むしろ行ったことのない人の方が、描けるものは豊かかもしれない。

これをガイドブックとして読んじゃいかんなー。
それは大間違いの読み方。例えて言えば、ラフカディオ・ハーンを読んで松江のガイドブックに
しようとするようなもんだ。違うだろう、それは、と言いたくなるでしょ?
もちろん――

……ここで話は真横に逸れて、「旅」の話になりますが、
旅は何を見るかが大事でしょ。同じ風景を見ても、そこに何を見るかは人それぞれ違う。
人それぞれの心の蓄積が別なものを見せる。

――もちろん、精神的なガイドブックとしては優良で、アルハンブラに行く予定がある人なら
事前に読んで大吉。見えてくるものが違うはず。
いいね、これはね。お薦め。

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