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◆ 石のことば ~彫刻家・藤好邦江のイタリアの日々~

BS朝日でやっていた番組を録画して見た。これが良かった。
ありがちな“海外でがんばってる日本人”の域を出ないだろうな、という期待しかなかったのに……
モノが良かったんですよ。驚くくらいに。

モノが何かというと、肖像彫刻。
最初に出てきたのが現ローマ法王・ベネディクト16世の肖像で、これもなかなかだと思ったが、
その後、わりあいさくさく映した作品5、6作を見て目を奪われた。

カラヴァッジョ的な、横からの強い照明を当てて劇的な見せ方をしていたせいもあるかもしれない。
見たとたんに、うわ、と思う。言葉で何、ということも出来ないけど、
興福寺の無著・世親像を博物館で見た時を思い出した。
そして当時のわたしにとっては、この無著・世親像のインパクトは相当なもんだったんですから、
今回の藤好さんのインパクトも相当なものということになる。

いやー……これは……。と思いながら見ていた。
多分モデルは実在の人物で、おそらく身近にいるイタリア人。
その彫刻自体に力がある。ありがちな言い方しか出来ないが、本物だと思う。

作品だけではなくて、ご本人もなかなかオモシロイ。若干天然っぽい。
語る言葉がシンプル。感覚と言葉がとても近いところで繋がっていて、シンプルながら味わいがある。
一般的には、言葉を使う能力と手の能力とは本来全く違うものなので、
むしろ両者が揃っていることは少ない。
だがこの人は言葉数は少ないながら(というより、ちゃんと掴んでいるから少ない言葉で済むんだろう)
聴いてるこっちが、まさに然り!と言いたいことを言う。

番組内で時系列を追って紹介していたのは、個人のお墓に備え付ける肖像彫刻の制作過程。
イタリアではまだ、墓の肖像彫刻の需要があるんですねえ。

その作っていくプロセスは、まず粘土で大まかな、(絵画であれば)デッサンというべきものを作り、
(しかしこのデッサンも素人が見れば完成品でもいいように見える)
それをスキャンし、コンピューターにデータを取り込んで、その状態まではロボットに削らせる。
え、ロボットに掘らせちゃう?と、一瞬手仕事信仰の呪縛にかかるんだけど、
そこからおよそ5ミリ削ったという、完成に近づいた作品を見て納得した。
別もんや。全くの。

完成品を見た時の、注文主である、故人の息子の表情が印象的だったな。
一目見た時は笑顔。「いい作品をありがとう」と言って藤好さんと握手をする。
しかし長く注視するにしたがって、――何とも言い難い、複雑な、放心したような顔になるんだよね。
この表情は、作為では出せないと思う。
物体以外のものを受け取ったと。そう感じさせる。

藤好さんは、番組内でミケランジェロのダビデ像を見に行き、スタッフの
「この作品に対した時に、同じ彫刻家として何か共通する部分を感じますか」というような質問に、
間髪を入れずに「視線の先」と答えている。
視線の先に何を見せるかが大事だと。そこが(肖像をやる)彫刻家の――本人がなんて言い方をしたか
忘れてしまったが、最も心と腕を見せる部分だと。そこは彫刻家の領域だと。

番組の最後で、「今回、視線の先には何を見せてるんですか」「(やはり間髪を入れず)息子」
というのは、つきすぎといえばつきすぎだろうが、やはりそうであろうと思わせる。
難しいと思うよ。歴史上の人物でもなく、今生きている人でもなく、
自分は直接知らない人、しかしその人をよく知っていたであろう家族を納得させるものを作るのは。
人間の目は微妙な差異を見分ける。ほんの0.1ミリで変わってしまう表情がある。
技術と共に取材力も必要だ。難しい仕事だ。

目を彫っている時は「一人でやりたいです……」と言って、取材は据え付けのカメラのみ。
そのカメラで撮られた藤好さんの表情が良かったな。普段でも、飄々かつ生き生きとしている
朗らか系の人なんだけれども、彫っている時は表情に別な丸みが出ていた。愛かもしれない。

wikiに藤好さんの項目が立ってないのが不思議。
わたしは、この人は今後大きな仕事をすると思いますよ。
今みたいな精密な肖像彫刻を、生涯ずっと続けはしないだろう。
多分、一度は多少なりとも具象から離れると思う。
その時にどんな作品を作るのか、今から楽しみだ。
抽象嫌いのわたしでも納得できる作品が生まれるのではないかと。

コメント

  1. 久兵衛 より:

    流れ着いて来ました
    初めてお目にかかります。
    藤好邦江さんがTBSラジオに出演されていた(3/16)のを今頃聞いて興味を持ち、検索したところここに辿り着きました。BS朝日の番組を見れなかったのは残念ですが、見たような気にさせてくれた貴ブログに感謝です。
    (お勧め?に従って週末は「探偵は~」を見に行こうかな)

  2. umeko より:

    ありがとうございます。
    お読み下さってありがとうございます。
    何よりのコメント、感謝いたします。

    わたしが記事を書いたのはずいぶん前ですが、たしか2ヶ月ほど前にこの番組は再放送があったんですよ。
    その時の当ブログの閲覧数からいって、おそらく反響は大きかったと思われるので、
    しばらくしたらまた再放送があるかもしれません。
    この番組はぜひごらんいただきたい。彼女の作品は、やはり一度ごらんいただきたい物です。

    「探偵はBARにいる2」は、雑多な感じ(と暴力シーン)が苦手じゃない方なら楽しめると思います。
    好き嫌いが分かれるおそれはありますが(^_^;)。
    その時はご容赦を。