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◇森類 「鴎外の子供たち」

森茉莉つながりでこの本も読んでみた。

……茉莉と比べれば(茉莉の著作を読んでいる限りにおいては)、類の方がよほど常識人に
見えていたけど、常識人というわけではないなー……
茉莉と類のエッセイをそれぞれ読んでみて、鴎外の影をひしひしと感じた。
鴎外本人は文筆家には珍しいほど「健康」な人物だったイメージがあるけど、
彼の不健康さは、大なり小なりその子供たちが荷ったのではないだろうか。
俗に言っちゃえば、「偉い奴の子供はひ弱に育つ」ということでしょうかね。

それなりのカラーのある、文学的な文章だと思った。
が、全く客観的な主題で作品を書こうとしても――つまり鴎外とその家族以外を書こうとしても――
あまり面白いものにはならなかったんじゃないかな。そんな気がする。

多分近視的に、彼の見る範囲は狭い。範囲の中での物事は虫眼鏡で見るように見るけれども、
(しかしあくまでも顕微鏡のようにではなく)、その他はおぼろだ。
自分のことを時々三人称で書く、ある意味で実体のないふわふわした位置取りが
特異で面白いとは言えるけれど、……その不安定さからは文章は量産出来ない気がする。
範囲の狭さもマイナスに働くだろう。

鴎外は十字架だったんだろうなあ……。
しみじみとする。社会的な地位もあれば人格も円満で、家族に対する気配りも忘れない。
人間としても相当に出来た人だったのだろう鴎外が、しかしその“出来過ぎ”により
ずっと後まで子供たちを縛る。
どうしようもないこと。……だが、人間というものの皮肉と侘しさを感じずにはいられない。

読む予定はなかったが、於菟と杏奴の著作も読んでみようと思った。
小金井喜美子の著作もあるか。
五方向からの視線で浮かび上がる「森家の人々」。

鴎外の子供たち―あとに残されたものの記録 (ちくま文庫)
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