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◇ 宮部みゆき「おまえさん」

でかした、講談社!

嬉しかったよ。単行本と文庫本の同時刊行というのは。
大好きな「ぼんくら」シリーズ3作目、文庫化を3年も待たずに読めるんだからさ。
――嬉しいが、京極夏彦なんか単行本と文庫本とノベルズと電子辞書を一挙に出すらしいし、
そこまですると少しハシタナイ気もするけど、……いや、すぐ文庫で買えて嬉しいです、ハイ。

そして、ほんとにどうもありがとう、宮部みゆき。

読んでて楽しいよ。ほかほかして、時々切なくて。
たまに文章に大笑いさせられて。
本を読むことの幸せをしみじみ感じて、頭を下げたくなる。

登場人物が全員愛おしくって。
今までのお馴染さんには「お元気でしたか?」と言いたいし、
初めてのキャラクターも可愛げが溢れまくりで。
丸助がいいなあ。淳三郎もいい。早口先生もいい。
いや、違うんだな。それぞれの人物造型がどうこうというよりは、
それらがピースとなって作り上げる一幅のその絵を眺めて、――胸がすうっとする。
絵巻物を眺めているようだ。その絵柄をこそ見たい。

導入部が鮮やか。鮮やかすぎて、あとで冷静に考えると相当化かされたな、と思うんだけど、
え、なんなの?それからどうなるの?と引っ張って行く手際は見事の一語に尽きる。
「展覧会の絵」みたいだな。最初にジャン!と“かます”というか。
うまうまとしてやられてしまう。
実は、ここまで不可思議な感じで始めなくてもいいんだけどねえ。
科学的にも無理な話っぽい気がするし。

ただし弓之助とおでこが年相応に描かれてないのではないかという部分は、
これはもうシリーズ1作目から感じていることであって。
3作目だと14歳なんですよねえ。中学2年生。子供と言っては子供だけれど、
ここまで子供じゃないだろうと言いたい。
わたしの感覚だと、3歳分くらい幼いかな。
少年が好きなんだよね、宮部みゆきはね。そのせいで幼いのかね。

あと前作に引き続き、ミステリ方向を期待する向きには少し話が肩すかし。
話自体は良く作ってあると思うんだけど、意外な犯人が!というわけではないので。
むしろ後出しのように感じる部分もある。
でも、見るべきはそこじゃなく。やはりキャラクターの旨みを楽しんで欲しい。

わたしは、御隠居さんが言った台詞、
「めでたいと、いってくれんか」で泣きそうになった。
余りものの命。何十年も、余っていると感じて来た命が、ようやく居場所を得て。
しかもその喜びは、もし若者だったら輝くような笑顔で表すことが出来るのに。
何も言わなくても表すことが出来るのに。
長い命を過ごして来た老体には、その時輝き出す身の内からの光はもうない。
でもその言葉で、ほっと灯をともしたいんだよね。ふっと息を吹きかけて、
消えのこる火をふわりと掻き立てるような。
わたしも一緒にその幸せを、心の底から寿ぎたかった。

ただ、平四郎がだんだん作者の視点――神の視点に近くなっているのが気になる。
平四郎は当事者であって欲しい。あまり目利きではなく、現場でああでもない、こうでもないと
悩んで欲しい。今回は特に観察者の立ち位置だもんねえ。
目利きでかっこいい平四郎も好きだが、ぐだぐだ悩む方が真骨頂だと思う。
きっと。

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宮部みゆきさんは、他の本を一切書かずにこのシリーズだけを書いて欲しい!
そうなったらなったで、このレベルを維持することは難しい気はするけど。
色々あるなかで、満を持しての一作だからこそ、という部分もあるんだろう。
4作目もどうぞよろしくお願いします。早めに。

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