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◇ 松田哲夫「編集狂時代」

この本は我が蔵書。基本、このブログに書くのは備忘録の側面が強いので、
蔵書はあまり積極的に取り上げないのだが、これについてはちょっと言っときたい。

わたしはずっと松田哲夫を、ラッキーな人だと思って来た。
まあ、わたしにとっては彼は刺身のツマだからね。
赤瀬川さんや藤森さんがカツオだったりマグロだったりするわけで、
ポジショニングの巧さで公私共に美味しい所を持っていってるラッキーな人。

この評価には多少やっかみが入っている。だって、赤瀬川さんとかの仲間になれたら、
ずいぶんイロイロ楽しそうじゃないですか!!
松田哲夫なんて多分普通の人なんだろうに、ちっ、どうしてあの場所にいられるのか。

だがこの本を読んで思った。「ただラッキーなだけの人じゃなかったんだな」と。
言葉を変えて言えば、やはり彼も彼らの仲間だけあって普通じゃない。
華のある(?)刺身たちよりかなり地味だが、彼には華の代わりに執念がある。

執念が彼を面白い経験へ連れていく。苦労もそりゃずいぶんしただろうが、
この本を読んでいると、どうしても楽しみの合間にちょこっとずつ苦労があった、という
程度にしか思えなくてねー。こんなに面白い思いが出来るのならアナタ、
多少の苦労は屁でもありまへんわ、ってなもんだよ。

その上、意外なことに、かなり若い時から出世している。
43歳で取締役、52歳で常務、54歳で専務。(61歳で顧問。)
この本の中にも、若い時の給料の良さをちょろっと匂わせた箇所があるし、
そもそもこの人はアルバイトからの入社だそうだ。
それがこんなに大成功して!!話がうますぎるぞ!!お前は水木しげるか!
サクセスストーリーにもほどがある!(と、うらやましさに声が上ずる。)

でも、この本には「我が身を振り返って……」という時に普通は漂うであろう自己満足感。
これが極度に少ない。
途上だからだろうか。この本を書いたのは彼が40代後半。まだまだ疾走途中で、
ここまで来たという感慨が湧いてこないのかもしれない。
あるいはまた、広い意味でのジャーナリストとしては、やはり自分の人生も観察記録であり、
そのスタンスからすれば主観的な物言いは出来なかった or しにくかったのかもしれない。

その淡々とした叙述が最後の方でけっこう感動させるのだから油断出来ない。
わたしはこの本を相当に細切れに読んでおり、読了まで半年近くをかけたが、
最後は一気に読んだ。読みながら「良かったなあ、松田哲夫」と語りかけている自分を発見し、
妙な気分になった。最初はただラッキーな人だとしか思っていなかったはずなのに……

編集狂時代 (新潮文庫)
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人生に満足しようと思ったら「突き詰めること」に尽きるのかな。
松田哲夫の突き詰め方も相当なもんだ。
まあ執念の対象が一見(というか、二見も三見も)アホなもんであるところが難ですが。
しかし難だろうと何だろうと、やっぱり好きなことを突き詰めることが
人生の最上の幸福なのではなかろうか。

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