米原万里の本を何冊読んだか数えてみて、10冊を越していたので我ながら意外。
そんなに読んだっけか。
世界情勢、政治がらみはわたしは好きではないのでちと保留だが、他の話題はみなそれなりに面白い。
今回は通訳方面の話。全体的にみればアベレージの面白さで取り立てて言うこともないのだが、
内容で1ヶ所、ふきだしてしまったところがあった。
「万国の労働者よ、団結せよ!」……というのはあまりにも有名な共産主義のスローガンだが、
実際ロシアでは(当時はソ連?)その言葉通り、出来る限り多くの言語をカバーする努力が
払われていたそうだ。ほら、言葉がわからないと団結したくとも出来ませんからね。
この本が書かれた時点でのNHKの海外向け発信は22ヶ国語で行われており、
イギリスBBCは56ヶ国語をカバーしているそうだが、
最盛期のモスクワ放送は85ヶ国語で行われたらしい。うへー。
22ヶ国語でもその構成を当てるとしたら難しく感じられるのに、85ヶ国語!
わたしが名前を聞いたこともない言語も含まれていそうだ。
そういうことが出来たのは、市場経済の国ではなかったからだ、と米原さん。
市場経済の土俵だと、まず未来永劫使わないような少数言語は無視される。
だが、対費用効果を考える土壌がない共産主義ロシア(ソ連)は、理念に忠実に、
なるべく多くの言語をカバーする努力をした、と。
その例として、東京外語大のヒンドゥー科の学生が、インドの少数言語のうちの一つを
勉強しようと思った時に、日本語はもちろん英語圏にもその言語の辞書や参考書が
どうしても見つからず、探して探してやっとロシア語でその言語の辞書を見つけた、とかいう
例も出てくるんだけど、わたしがふきだしたのは別の例。
辞書といっても、たとえばチベット語の辞書となると日本ではまず出ませんね。
ところが、市場原理が働かなかったソ連ではちゃんと出したわけです。
もう、われわれが名前を知らないわれわれが名前を知らない国の言語をやっている人が
必ずいるんですよ。
日本語についていえば、「源氏物語」や「平家物語」は当然のことながら、
「大宝律令」の訳まで出ています。
大宝律令!!
いや、ないやろー!ロシア人の誰が大宝律令を読むんだ。
というか、一般日本人にとって「大宝律令」というのは完全に受験知識で、
学生ならまだしも学生を離れて長い社会人なんかは、その存在すら覚えているかどうか
アヤシイものですよ。
歴史好きなわたしだって、受験知識としてモヤモヤっとイメージするだけで、
その本文などは読んだことも読もうと思ったこともない。
……これをはるか何千キロも離れた異国の地で訳した人がいるのだ。
なんつーか……。ゴクロウサマな話だなあ。
呆れ半分、笑い半分で感心し。
しかし対費用効果を追求しないということはこういうことなのか、というのも実感する。
アリかナシかで言ったらアリだなあ。というよりむしろ、あって欲しいなあ。
どう言ったらいいもんかよくわからないけれど、こういう月への梯子を地道に作って行く作業はね。
「月に梯子なんて届くわけねーだろ」と言ってしまったらそこで終わってしまう話なんですよ。
そして永遠に梯子はかからない。でも少しずつ梯子作りを進めて行ったら、
もしかして、10001段目に月へ届くかもしれない。可能性はゼロではない。
……それでも結局は届かないこともあるということが人生なのだが。
遠くまで行ける可能性があるなら、その方向へ歩き出すこと。
それが是とされる世界であって欲しい。
そんなわけで、やはりスーパーコンピュータの開発費と天文学の研究費は計上して下さい。
ところで、この話題が出たのは柳瀬尚紀との対談コーナーなのだが、
この柳瀬尚紀という人もどうもヘンな人ですね。
たしか何だかを訳した人であったはず……と思い、既読書データを探してみると、
ボルヘスの「幻獣辞典」の訳者であった。なるほど。
これを読んだのはかなり昔のことで、内容はあまり覚えてないけど、
面白かった本らしく、メモには「訳者がエライ」と書いてある。
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ちなみに「月への梯子」は樋口有介という作家の作品の一つ。
彼の作品は「月への梯子」「探偵は今夜も憂鬱」「木野塚探偵事務所だ」と三作読んでみたけれど、
わたしはどうも……。
特に後者2作品について思ったことだが、一所懸命売れ線の作品を書こうとして、
単なる売れ線のフェイクに堕してしまった、というような残念感があった。
軽く読めて、キオスク本あたりとしてはいい感じだと思いますが。
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