ドナルド・エヴァンズ。
1945年、アメリカ、ニュージャージー州モリスタウンに生まれる。画家。
架空の国々を想像し、そこで発行される切手のデザインという設定で小さな絵を描き続けた。
1977年4月、アムステルダムで火事に遭い、31歳の若さで急逝。(本書紹介文を一部改編)
この本は、詩人の平出隆から“既に死んでしまっている”ドナルド・エヴァンズに宛てた書簡集。
書簡集というのか、エッセイというのか、散文詩というのか。
ま、シンプルに「手紙」でいいですね。エヴァンズへの手紙。
先にドナルド・エヴァンズについて書く。最初のうちドナルド・エヴァンズがどういう人か
わからなかったので、読み進める間、ちょっと落ち着かなかった。
が、エヴァンズが曖昧模糊とした存在であることに、この本自体の味があるという見方も出来る。
そういう意味では、先にエヴァンズのことを書くと興趣は殺ぐかもしれない。
ドナルド・エヴァンズはねえ……ぶっちゃけてしまえば、言うほどの画家ではないんです。
作品自体は、国際的に有名になるほどの“作品”ではない。
その証拠に――なるかどうかは知らんが――この本に載録されているエヴァンズの作品数は
とても少ない。こういう内容の本ならもっと作品があっても良かった。
載録されている“切手”自体も、どんな作品を作ったんだろうと
期待していたわりには「こんなもん?」的な肩すかし。
作品としては、これは素人の趣味の範囲を出るものではないでしょう。
エヴァンズの芸術活動の最大の眼目は、そのコンセプトであろう。
架空の国の、架空の切手。それこそが詩人:平出隆の琴線に触れた部分であろうし、
物体が物体の意味を越えて広がりを持つ。
空想の世界を旅するよすが。澪つくしとしての物体。
平出隆はそんなコンセプトを生みだしたドナルド・エヴァンズに共感したに違いない。
おそらくは詩人も、心の中に架空の国を持つ人々だから。
今はもういない画家へ。その共感を表そうとするなら、手紙以外に頼るべき方法はない。
唯一、時間を越えて意志を伝えるものは言葉しかないから。
彼は一方通行の友情を丁寧に書き綴る。画家の足跡を辿って、生前の画家を知る人と知り合う。
その気持ちがわかる気がするから、読んでいて心地よい。
共感から生まれた本に共感する読み手がいる。
幸せな読書だと思うね。
詩は努めて読むようにしている。しかし読んで気に入る詩というのは少ない。
この本は一般的には詩と言われるものではないけれど、
こういう文章を書く人の詩ならばいい出会いになるかもしれない。
次は平出隆の詩集も読んでみよう。
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