みっしりと面白かった。
このくらい満足感がある小説は、顧みれば去年8月に読んだ「ノルウェーの汀の物語」まで
遡るかもしれないんだから情けない。これは、わたしの鼻の利かなさのせいなのか。
歴史上の人物を多数登場させて、いいように扱っているという意味ではトンデモ要素はあるが……
それは今回はフィクションと割り切れる程度だから、トンデモが苦手な人でも大丈夫かな。
でもアノ人をああいう風に書いていいものだろうか。人気のある人だから、
各方面から文句が来たんじゃないかなー。
読者もそこまで子供じゃないか。でも世の中は変な人が想像以上に多いしな。
ストーリーが飽きさせない。
文庫650ページという長丁場でダレなかったんだから大したものだ。
誰が敵か味方か。うまく読み手の鼻面を引きまわして最終盤まで持ってきている。
舞台も江戸がメインではあるが、江の島、栃木にもちょこちょこ飛んで。
ま、話の最も基本的な流れの一つに無理があったりするんだけども、
(あの身分の人が、そういう目的でそういう方法を取るか!?という)
そこさえ乗り越えられれば、面白く読めると思います。
このページ数にしては主要登場人物の数も少なめ。話の根幹が寛政の改革に深く根ざした
こめんどくさくなりがちな話であるだけに、登場人物の関係があっさりしているのは
読んでいて楽だった。わたしの小説の好みは、軽薄短小とは言いたくないが、
重厚長大では全くない。(なので、今後読む予定の「失われた時を求めて」は大変不安。)
でも、この人の作品はなー。ものによるけど、「キャラクター小説か?」と言いたくなるほど、
主人公が紋切り型にかっこいい。
本作だって、主人公の仙波一之進は、男気があって腕も立ち、頭が良くて性格もいい、という。
かっこよすぎだろう、とブツブツ言いつつ、……でもちょっと仙波さんに惚れました。
すっかり作者のワナに嵌っているではないか。
その他のキャラクターもみんないい人。善玉はあくまで善玉で、悪玉は……でもこの話には
そうというほどの悪玉はいないかな。猟奇的に話が始まるわりには爽やかに終わる……と思う。
高橋克彦はきれいな話を書きたがるよねー。
と、揶揄しながらも、わたしはきれいな話嫌いじゃないけど。後味が悪い作品より百倍もいい。
楽しかったです。このくらい満足出来るなら、小説を読む意味もあるというものだ。
この本の前、ひと月くらい前にこれを読んだ。
本作の後日譚的な含みもある短編集で、仙波一之進の妻、おこうが探偵役?狂言回し?の作品。
いや、実はこれはね、感心しなかった。
橋克彦の作品は、今まで10作内外は読んでいると思うのだが、その中では最も薄い作品。
まあ時代連作短編なので、あまり内容があるべきジャンルでもないんだけれどね。
でもこの薄さは高橋克彦としては。この人はトンデモ的こってりが売りなのに。
久々に読んだと思ったらこれだったので、書くことがなくなったんだろうと舌打ちをしていた。
でもこれ、「だましゑ歌麿」を読んでから読めば良かったなあ。
そうすればきっと楽しめたのに。「だましゑ」の方ですっかりキャラクターを気に入ったので、
「おこう」の方ではほぼ名前しか出てこない一之進も、けっこう楽しかったかもしれない。
まあ薄いと言っても、時代連作短編としては良心的な方だろうとは思うので、
高橋克彦として読まなければ特に不満もないのだが。
なので、未読の人は「だましゑ」→「おこう」の順番を絶対的にお薦めします。
ただし「おこう」が薄いことは覚悟の上で。
なお、「春朗合わせ鏡」という更なる続編が出ているらしい。
読みたい気がするが、近いうちに読むか、しばらく間をおくか……検討しよう。
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