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◇ 宇月原晴明「安徳天皇漂海記」

うむ。ううむ。うーん……。

以前読んだ「信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス」は、
読んだ時はまあまあだったようだが、現在残っている読後感としてはいまいち。
わたしのなかではトンデモ本の分野に入ってしまっていて、
この作者にはうさんくささを感じてしまう。
(あれをトンデモの範疇に入れるのは気の毒なんだけどね。ホントは幻想小説なんです。)

が、「安徳天皇漂海記」は。
主役として据えた人物が成功したのじゃないかなあ。
この作者は、基本的に戦国時代の人物を独特の伝奇物として書く人のようだが、
戦国時代あたりだと時代が新しすぎて、伝奇物の素材としてはわたしはノレない。
いや、時代が新しいというよりは、イメージが出来ちゃってて、
あまりそのイメージとかけ離れたものを読むのが辛いんだな。

その点、安徳天皇や実朝ならば。これはもう自由自在な味付けが可能な、
非常にいい素材なのではないでしょうか。
彼らは元々存在が儚げなので、その上にどんな夢物語を描くのも可。
今回は素材と作風が非常に合っていると感じた。成功。

でも、実朝と安徳天皇を結びつけるのはわかるとして、
マルコ・ポーロやクビライ・カーン、少年皇帝、高丘親王、天地創成時の蛭子まで絡めるってのは
少々やりすぎ感があった。ここらへんが、うーむ。と唸りたくなる所以。
高丘親王と蛭子は――除けて欲しかった気もする。
彼らがいないと結がないのだが、こういう話で必ずしも結が必要か、ということもあるしね。
この作者はほんとに、いろんなものをくっつけるのが好きですね。

きれいな、悲しい話でした。

――中原中也の、

それはしづかで、きらびやかで、なみなみと湛へ、
去りゆく女が最後にくれる笑まひのやうに、

厳かで、ゆたかで、それでいて侘しく
異様で、温かで、きらめいて胸に残る……

ああ、胸に残る……

という一節が浮かんできた。

……ただ、極彩色ではあるので、読む人は選ぶだろうなあ。万人向けとは言えない。

あ、そうそう。特筆すべきは、こんな内容で悪人が一人も出ないこと。
実朝を書いて、北条氏も政子も悪人にしないというのはなかなか難いことだと思う。
少年皇帝を書けば、クビライをもうちょっと敵方として悪く書きそうなもんだが……

安徳天皇漂海記 (中公文庫)
宇月原 晴明
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読後、その日の晩御飯は鍋だったので、白菜をむしった。
中心部に行くにしたがい、葉はどんどん小さくなっていく。
5ミリ程度の大きさになっても、白菜の葉は白菜の葉。精緻な葉脈と縦線。精巧な細工物のよう。

なぜかこの白菜の中心部と琥珀の玉の中で眠る安徳天皇が結び付き、
いつになく真剣に小さな小さな白菜の中心部を集めた。
疎かに扱う気にはなれなかった。

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