PR

◇ 「八木幹夫詩集」(思潮社現代詩文庫176)

本を読む人には実生活上もちらほら会うが、その中で詩を話題にする人はほぼ皆無だ。

長い人生の中で、わたしの周囲で詩について口にした人と言えば、
与謝野晶子を愛し、わたしに時実新子を教えてくれた知人A。
(詩じゃないけど、短歌・川柳はもっと稀少)
大学時代のアルバイト先で、卒論のテーマである萩原朔太郎の話を熱く語っていた
名前も知らない誰かさん。
(卒論の話も直接聞いたわけではなく、隣のテーブルの話が聞こえて来ただけ)
「昔は朔太郎が好きだった」と恥ずかしそうに打ち明けた知人B。

以上3人しかいない。

わたしはと言えば、昔々、中原中也が好きだった。
当時はそれは本当に好きで、一時期は寝る前に中也の詩集なんかを読むと
ドキドキして眠れなくなるほど。好きだったわりに関連本はほとんど読まなかったが、
「山羊の歌」と岩波の「中原中也詩集」は再読を重ねた。いくつかの詩は暗唱も出来る。
中原中也は若いころに読んでこそ、だろう。青春の詩人たるゆえん。

その後少しの間、三好達治に惹かれた。
この期間は短くて、その分思い入れも中也よりはだいぶ少ないのだが、
彼はわたしにとって「これぞという言葉を並べてくれる詩人」だった。
冷静に静かに。通常詩人にはパッションがまとわりつくことが多いが、
彼の詩には情熱よりも理性が感じられて好きだった。とりわけその散文詩。

「鳥語」という作品の中の一行、

   ワタシハヒトヲコロシタノダガ……。

など口ずさみそうになって、慌てて口をつぐむ。
呟くにはあまりに不穏当な詩句じゃありませんか。

歌人では与謝野晶子、佐々木信綱、かろうじて斎藤史。
俵万智は、わたしと現代短歌を出会わせてくれた人だから別格だけど、
今となっては好きな歌人ではない。

※※※※※※※※※※※※

詩は社会的に風前の灯(?)なので、なるべく触れるようにはしている。
その灯を絶やしてはならんという思いがある。
文学の精髄が詩だ、という思いがどこかにあるのかもしれない。

――しかし、読んで楽しい詩集にはなかなかぶち当らないのだッ!

萩原朔太郎、高村光太郎、水原紫苑、井辻朱美、長田弘、宮沢賢治、若山牧水、石川啄木、
金子みすず、ワーズワース、オマール・ハイヤーム。
これらはほぼ1冊ずつ蔵書しているもの。
図書館から借りて、他にもいくらかは読んでいる。池澤夏樹とかヨシフ・ブロツキーとか。
読んだことを忘れたものもあるだろう。

いつかは中原中也、そこまで行かずとも三好達治くらいの出会いがあるのではないかと期待して。
でも……「この人も運命の人ではなかった」と本を閉じるばかり。
上記に上げたもののなかでは、井辻朱美、若山牧水、オマール・ハイヤームあたりは
そこそこ好きと言っていいものの中に入るけどね。

詩集ってのはなぜだか……読んでてイライラするもんです。
多分、生(なま)の作者とぶつかりあうからだと思う。
散文の場合、字数が多い分、たっぷり肉をまとわせることが出来る。
肉がクッションになって、コンタクト時の衝撃は吸収される。だが、詩はダイレクトに
詩人の魂をぶつけて来る。なりふりかまわぬ。その激しさに辟易する。

しかし、今回の「八木幹夫詩集」は珍しくむかつかない詩集でした。(ようやく本題?)
この本の前に、この人の「野菜畑のソクラテス」という詩集も読んだが、
実に平明で素直。珍しく楽しく読んだよ。愛するほどにはならなくとも好意を持った。
「だいこん」「葱」「法蓮草」なんかが良かった。
(「野菜畑のソクラテス」も本作に全編収録されている。)

詩人という存在は、基本的に過剰で、欠落のある人。常識人の対角。
普通の人であるわたしには、そのとんがった角が痛い。

でもこの人は無事に日常生活を送っている感じの安定感があったなー。
生業は教師らしい。……教師の性格というのもあまり普通とも言えない気がするが、
まあね。そこは置いといて。

とんがった言葉、激しい言葉を使わずに自分の世界を構築しようという姿勢が好きだ。
そういう言葉はわたしにはどうも虚仮脅しに見えて……。
極彩色を使えば、深遠だったり斬新に見えたりするわけじゃないんだよ、と
現代詩人の作品を読んで思ったりする。(関係ないけど現代アート作品にはもっとそれを感じる)
人がぎくっとして立ち止まるような言葉を放り出すことで
詩でござい、という顔をしているものは嫌いだ。

この詩集のなかで一番気になったのは「炎、やわらかな灰」という作品。
なぜだかこの詩に、宮沢賢治を思い出していた。
わたしは決して宮沢賢治の詩が好きなわけではなく、似ているというほど似てもいないと
思うのだが……。柔らかな語りかけは共通かもしれない。

八木幹夫詩集 (現代詩文庫)
八木 幹夫
思潮社
売り上げランキング: 726159
野菜畑のソクラテス―八木幹夫詩集
八木 幹夫
ふらんす堂
売り上げランキング: 779106

好きな詩人の一人くらいいると、人生が豊かになる気がする。
詩人一人、とまで言わなくてもいい。好きな詩、暗唱できる詩の一編でも
みんなが持つようになれば。
善く生きるための、ささやかな呪文になり得るような気がするんだよ。
詩は心を遠くへ飛ばす手段。近視眼的にしか生きられないと、辛い時に辛すぎるから。

平積みになるような質のいいアンソロジーなんかが出ないものだろうか。
詩はアンソロジーの方が絶対に入りやすいと思う。
文学的センスと一般人向けの編集センスを併せ持つ人の登場を願う。

ひと頃流行った「声に出して読みたい日本語」……基本コンセプトは実に賛成な気がするが、
どうも著者が商業的にノリすぎているような気がして信用ならん。読んだことないけど。

文学的に好きな詩は他にあるが、人生訓的に好きな詩をこっそり。

   金はすべて光るとはかぎらぬ、
   放浪する者全てが迷う者ではない。
                        
                       J・R・R・トールキン
                     

コメント