これはヒドイなあ……。
これが新刊で出た頃、本屋に平積みで並んでいたのを見て、
「へえ、珍しいもんを書いたな」とちょっと面白く思った。
宮尾登美子と言えば、「苦難に耐え、やがて花を咲かせる日本のおんな」を書く作家。
そんな彼女がクレオパトラか。ここらで新境地を拓きたくなったのか。ほほう。
その挑戦心や善し。
……で、何年も経って、今回読んでみたんですがねえ。
前言撤回。挑戦心とか全然なかった。単にいつもの登場人物にクレオパトラという名前を
つけてみただけだった。つまりエジプト女王ではなく、せいぜい旅館の女将にしか見えない。
びっくりするほど普通の人。
「歴史上の人物ではなく、生身の等身大の女性として」を狙っているのかもしれんが、
等身大の女性といっても、エジプト女王が並の人間ということはないわけで……。
この本でのクレオパトラは、国としてのエジプト、政治状況や経済状況には全く目配りがなく、
(言い訳程度にどっかから引きうつして来た内容を書いているのがまたナサケナイところだ)
彼女の焦点はただひたすら自分とシーザー、のちにはアントニーとの恋愛生活。
半径5メートルの興味関心。
最愛のシーザーとの間の息子であるカエサリオンすら、ものすごくうすっぺらくしか
描かれておらず、今、この息子がどういう人物だったか思い返してみても、
たしか巻き毛だった気が……程度しか印象に残ることがない。
シーザーも、彼の魅力ならもっと政治生活部分を書かなきゃしょうがないのに、
(わたしは塩野七生の影響を受けまくっているが)その部分はほとんど割愛。
読んでいて、この呼吸は歌舞伎だなと思った。
歌舞伎って、たとえ歴史上の出来事を取り上げていたとしても、
見せる部分は登場人物の喜怒哀楽だけでしょう。
例えば「曽我対面」「伽羅先代萩」、そうそう、なによりもまず「忠臣蔵」。
その出来事の背後にある具体的な、現実的な要素はほとんど描かれない。
説明はなく、設定を事前に観客に告げるだけ。
しかし歌舞伎はその感情生活を、様式美で「見せる」ことに主眼があるわけだから
それはそれで正しい。観客が期待するのは所作の美しさ、台詞回しの鮮やかさなのであって、
説明ではない。説明を「見せる」のは非常に難しいし、台詞だけで言っても巧くない。
むしろだからこそ歌舞伎の演目は、舞台上での説明が要らない歴史上の出来事が多いんだよ。
だが小説がその手法ではダメだろう。
求められるものが違っている。「少女マンガ風クレオパトラを読みたい!」というニーズには
応えられるかもしれないが、普通の人がクレオパトラというタイトルの本を手に取る場合、
求めているのはエジプト女王としてのクレオパトラでしょう。
エジプト女王についてなら、エジプトという国の状況を詳細に書く必要があるし、
兄弟との葛藤、他国との関係、もっと書くべきことが数多くあるはずだ。
資質の違いというものは、これほどに残酷なものなのかと思った。
単に才能とは言わない。宮尾登美子は宮尾登美子で、湿度の高いおんなの感情生活を
書く能力は持っているんだから。
だが、こういうテーマを選ぶなら、物事を俯瞰して見る目と視野の広さは必須じゃないか。
この作品には決定的にそこが足りなかろう。
畑違いのものに手を出すなとは言わない。でもこれ、宮尾登美子は自分で読んで、
何かが根本的に足りないと思わないのかね?力及ばず、という反省はないのか。
――わたしは文庫下巻の巻末に並べられた7ページに及ぶ「主要参考文献」のリストを
眺めて嗤う。
内容の薄さをリストの長さでカバーしようと編集者が考えたのか?
「ゆり科の花」なんてタイトルの本まで挙げているようでは……
(注:「ゆり科の花」という本自体に罪はないよ!)
しかもざっと眺めて思うに、ほとんどが一般書。専門書がない。
……そりゃー内容は薄くなるわなあ……。
インプットとアウトプットの関係は、圧倒的に前者>後者。
人によって挙げる数字は違うだろうけど、50冊インプットしてアウトプットが1冊とか、
そういうレベル。もちろん冊数だけの問題ではなく、質も重要。
一般書ってのは、あなたもわたしも読んでいる、普通の人が普通に読んで楽しめるように
書かれている、そういうものなんだからさ。
水が高い所から低い所には絶対に流れないように、インプットした以上の質を
アウトプット出来るわけない。つまりインプットが万人向けの書物ばっかりの場合……
要は、そういうことですよ。
費用出版社持ちで海外で豪遊したかったのか。そのためのアリバイ作品なのか。
そう訊きたくなる。
わたしは出版された当時、アマゾンでこの作品のレビューをチェックしたことがあったはず
なんだよね。そこではおおむねコテンパンにやっつけられていた記憶があるのだが、
(読む前だが、それに多少反発した覚えがある)
今回チェックしてみてもほんの数件、どちらかと言えば好意的なレビュー。
アマゾンのレビューはある一定の期間が過ぎると消滅するのか?
それとも……宮尾登美子側から文句が来た?
ま、そこまでしないとは思う。……いや、正直ちょっと疑っている。
うーん、我ながら悪口を言う時の方がイキイキしとるなー。
元々自覚があったけど。
ところでこんなタイトルの本がある。
文藝春秋
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タイトル的にはとても自分向きのような気がする……。
そのうち読んでみる予定。鹿島茂をあと4冊読んでからだから、半年近く後になるが。
コメント
初めまして
初めまして。
うちのブログのアクセス解析の検索ワード「クレオパトラ 歴史 都市伝説」から参りました。
わたしも、この小説にはとことん失望した人間なので、同感!と書き込まずにはいられなくなりました。
つまらない、くだらない、ほめようがないと、ないないづくし~、ないづくし~の駄作です。
資源の無駄です。愚の骨頂です。
こんなものがWikiでは、「新境地」と好意的に述べられていて、おそろしや。
大御所女流作家だからって、あんまりです。
>アマゾンでこの作品のレビューをチェックしたことがあったはず
なんだよね。そこではおおむねコテンパンにやっつけられていた記憶があるのだが、
あ、そのコテンパン・レビューはわたしが書いたものです。
その後、自分のブログなららいざしらず、Amazonに悪口レビューを公開しているのがやや恥ずかしくなり、また、当初のumekoさまのように、かえって反感を抱く人も多かろうと、自主的に削除しました。
代わりに、自分のブログで思いっきり毒吐いてますが。
>わたしは文庫下巻の巻末に並べられた7ページに及ぶ「主要参考文献」のリストを
眺めて嗤う。
>費用出版社持ちで海外で豪遊したかったのか。そのためのアリバイ作品なのか。
そう訊きたくなる。
もっともっと言ってやれ~と、旗を振りたくなります(笑)。
新聞小説に、あるいは大御所には、打ち切り制度が適用されない様子なのが惜しまれます。
これだけ、嫌悪をかきたててくれる小説というのも、ある意味すごいですが。
>うーん、我ながら悪口を言う時の方がイキイキしとるなー。
悪口で共感できて、わたしは楽しかったです(笑)。
楽しいひと時をありがとうございました。
いらっしゃいませ。
良かった。ご訪問がもっと前だったら、ご返事がずいぶん遅くなるところでした。
ははは。やっぱりがっつり言ってやりたくなりますよね。
当時は軒並み腐されてましたよね?相当数のレビューがついていたと思うのですが。
カルプルニアさんは自主的に削除なされたとのことですが、
一定の期間が過ぎたレビューは削除するとか、そういう何かがあるんでしょうか?
あの山のような苦言はどこへ……。アマゾンの闇に消えたのか?
本の悪口って、実生活ではまず発散出来ないものですよね。
1.相手がその本を読んでいるかどうか
2.その本に対する評価の方向が一致するかどうか
3.長広舌になりがちな話を最後まで心おきなく訴えられるかどうか
……そういう意味で、ブログというのは世の中の毒舌家のガス抜きに大変重要な
役割を果たしていると思います。
ブログがなかったら、こんなものを読まされた怒りを一体どうしてくれよう!
ワルクチに共感して頂いたところで、……じゃあ関係ないけど、コッチも読んでみて頂けます?
http://blog.goo.ne.jp/uraraka-umeko/e/ab1f6e162a719e2ed24b067f278e17e4
実は「クレオパトラ」どころじゃない。私にとっては駄本の最高峰。
「クレオパトラ」はまがりなりにも最後まで読めたので。
でもカルプルニアさんがもしかしてヤツを好きだったらゴメンなさい(^o^)。
その場合は笑って許して下さい。
一応ナオキ賞なので、わたしにはどうしても見えない良さもあるのかもしれないです。
……なかったら困るんですけど。でもわたしには見えない。
ご訪問ありがとうございました。
なんか違うような。。。
クレオパトラという人物にとても興味があって、宮尾富美子氏の「クレオパトラ」を読んでみたのですが、なんか普通の人が考えるように描かれていて、ちょっと拍子抜けしました.このブログのコメントを読んで、やっぱりそう思うんだと納得してしまいました.
やっぱり日本ものを
わたしは「蔵」は大変好きなんですけどねえ。
やっぱり「クレオパトラ」は宮尾登美子の黒歴史になるんじゃないでしょうか……
一度出版しちゃうとなかったことにできませんからね。やはり物を書くというのはコワいですね。
クレオパトラの本で思いつくものは残念ながらありませんでした。
あまりにも有名で、改めて何かを読もうと思ったことがない気がします。
全く関係ないですが、クリスチャン・ジャックの「光の王妃 アンケセナーメン」というのは
わりと面白かった記憶があります。ツタンカーメンの王妃の話です。
クレオパトラは、考えてみるとだいぶ時代的に新しい人ですね。