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◇ 銀林みのる「鉄塔武蔵野線」

これは小説としてはダメダメでしょう。
自分の好きなことをずらずらと書くだけで、それを小説と呼べるのか。

鉄塔武蔵野線
鉄塔武蔵野線

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銀林 みのる
新潮社
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……が、わたしはこの本、けっこう楽しかったんだよな。
1年くらい前だったと思うが、NHKの「熱中時間~忙中“趣味”あり」という番組で、
鉄塔に熱中しているという人が出演していた。
へ?鉄塔?鉄塔の何に熱中するんだ?と思ったが(この番組はそういう微妙なものに
熱中している人が多い。それが面白いわけだが)これがけっこうわたしのツボにはまった。

鉄塔と鉄塔を送電線に沿って辿って行く。
鉄塔の写真を撮る。鉄塔の姿形を鑑賞する。

順番につぶしていくというのは、人間の好みのスタイルなのではないかと思う。
コレクション、コンプリート欲というのは、ずいぶん多くの人が持っている。
それに加えて、何かを辿るというのも、好きな人は好き。
お遍路さんなんかはまさにこのスタイルだし。
何の目的もなく歩き続けるのはつまらないけど、ちょっとした目標があるだけで楽しく歩ける。

鉄塔というのは、そういう意味で目標としてはなかなかに特異で、しかも味がある。
メジャーな観光地ではない。そこに住む人もいない。だから「行けるかどうかわからない」という
冒険性・ギャンブル性も多少ある。昔、中学校の時に学校行事でやったオリエンテーション。
大人になって、一人で出来るオリエンテーション。

さらにそこには鉄塔そのものの微妙な差異もあるわけで。
こちらはコレクション欲を刺激する。色々な形の鉄塔。写真に撮って並べて楽しい。

その番組を見た直後は、鉄塔が気になってしょうがなかった。
ずっと先まで続く鉄塔。一体どこまで続いているんだろう……

……ま、わたしは鉄塔を追って旅には出ませんでしたが、「鉄塔武蔵野線」は
鉄塔の先の「原子力発電所」へ向って旅をする少年たちの話。
この「原子力発電所」は、実は彼らの空想で、実際に終点が原子力発電所であるわけではない。
しかし、子供の頃の空想は、こんな風なものではなかったですか。
幼い頃、確たる理由は何もなく(ただそう感じただけで)、ここにはお化けが住んでいる、とか
秘密基地だ、とか考えた。少年たちの会話を読んでいるとその頃のことを思い出す。

鉄塔ドキュメントと少年の日のノスタルジーのみで出来ているシンプルな話だから、
鉄塔に全く興味を持てなければ、この本は面白くないだろうねえ……
むしろ鉄塔ドキュメントとして成立させるべきだったのでは。

でもそうすると「日本ファンタジーノベル大賞」の大賞受賞はなかったけど。
しかしさー、これをファンタジーノベルとして評価する審査員が信じられない。
目新しきゃいいちゅうんかい。この人が他の作品を書けるとは思えないもの。
もう少し「物書き」な人に上げるべきだったんじゃないかね。
ちなみに同時受賞は池上永一。……だからこそ、この人にも大賞を上げられたのかもね。
(わたしは池上永一を、憑依系書く人として高く評価している。)

しかし驚いたのはこの作品が映画になっていること……。
いや、無いだろう。一体何を考えてこれを映画にするかね。
小説として話がないんだから、設定を利用するだけのノスタルジー映画……
まあそれはそれでいいかもしれないけど。でもなんか残念なんだよ。
小説としての力がないものが映画として使われるというのは。

読んで楽しめたが、小説としては全然評価しない。
何とか小説じゃない方向でいけなかったもんかね?
だってこんな本もあるんだから。実は世に鉄塔好きは多いんだぞ。

東京鉄塔―ALL ALONG THE ELECTRICTOWER
サルマル ヒデキ
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しかしこの著者、よくわからない生き方をしているなー。
wikiを見ると、教育学部を出て、建設業、不動産業を経て、1年間フィレンツェに遊学。
小説を1本書いて、現在は数本のCMに出演しているんだって。不思議な経歴だ……

ちなみにこの作品には単行本1冊と文庫2冊があるそうだけど、
加筆されてラストが変わっているらしい。
そこを追いかけるほど執着がないけど、どれを読むかで読後巻が変わって来るのかもしれないね。

好きだけど全然評価出来ない。というのがこれほど甚だしい作品も珍しい。
作者はもう何も書かないだろうし……(この人は書く人じゃない)
不思議な本として残りそうだ。いいか。たまには不思議な本があっても。

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