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◇ 山本兼一「火天の城」

名前を聞いたことのない作家だったし、タイトルも暑っ苦しい感じだったので、
信長が前面に出された紹介文だったらリストに入れなかっただろう。
信長という人物自体はどちらかといえば好きなんだけど、
小説で描かれる信長は、もう相当に手垢がついてしまっていると思う。

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安土城を作った棟梁が主人公だからというので読んでみた。
それでも、おそらく話の流れは信長に傾きがちになるんだろうと思っていたのだが……
案に相違してほんと、「城造り」の話でした。
なかなか面白かった。城造りなんて、今の時代誰もやったことがない。
それを蘇らせてくれる。これもフィクションの価値。

骨の小説だよなあ。
私見によれば、小説にはそれぞれ、骨・肉・皮という種類がある。
骨は話の筋で読ませるというか。材料の良さで読める小説。今回のこれもそう。
小説は肉が売りのものが本来かな、という気もするが、
ま、色々なタイプのものがあってこそ。骨が売りの小説だってあって良い。

※※※※※※※※※※※※

実は本当に語りたいのは、この作品に対してではなくて、とある作家について。

こないだ、とあるテレビ番組を数十秒、足を止めて見た。
そこには、誰だかわからないがわりあいに見目良い感じのおじさまが映っていて、
「歴史小説は、そもそもの歴史が十分に魅力的なので、小説にして魅力的なのは当然だ。
それに対して現代小説は……」云々と発言していた。
どんな言い方をしたのかは忘れたけど、だから現代小説は書くのが難しい、という話の流れ。

ほー、そーかい。と横目で思う。
これは、歴史小説書きが言うなら一面の真理である言葉だ。
歴史は、基本的に他者に語り伝えるべき・語り伝えたいと思わせた出来事の集大成なわけで、
魅力的であって当然。
例えて言えば、食べ物と美味しさの関係に似ている。
もちろん食べないと死ぬから生き物は何かを食べるのだけど、
基本的にはそれは美味しく感じるように出来ている。
いかに必要でも、不味くては必要なだけの量は食べられない。
個々においては、美味しさは食べ物の絶対条件ではないけれど、
美味しいからこそ食べ物として存在するという側面はある。

歴史も、語り伝えたいことが絶対条件ではないけれども、裏返して考えると、
「語り伝えたいこと」は大抵重要なことであり、そうでなければ魅力的なのだ。
素材としてはたしかにオイシイ。材料の良さは保証されたようなもんだから。

が、それは歴史小説書きじゃない作家が言うことではない。
我田引水というか……途端にアサハカな話になってしまう。

歴史小説には当然それ固有の難しさはあるんだよ。
今はもうないものを、調べ、想像し、眼前に生ぜしめなくてはならない。
たしかに、調べて書くのは簡単、というのはある意味真実ではあるんだ。
が、調べても調べきれない部分がどうしても出る。「火天の城」だって、よく調べて書いたと思うけど、
調べ切れなかった部分もずいぶん多かろう。ただでさえ安土城は謎が多い……
現在ならば学者も建築探偵も数多くいて、対象を書いて残すことに使命感も持っているだろうけど、
あの時代、安土城を解説した文章を、同時代人が書くわけはなかった。

その調べ切れなかった部分を埋める為に、真実に出来る限り近づこうと、
頭を絞るのがちゃんとした歴史小説書き。
そこで安易に空想に逃げるのがいま一つな歴史小説書き。説得力のある空想もありますけどね。
いや、空想に「逃げる」のは歴史小説書きとは言えないかもなあ。

そして、上等な歴史小説書きは、作品の中に人間の普遍的な姿・歴史の真実をとらえようと
努力するものなんだよ。

現代小説書きは、少なくとも「わからない」ということがないのは楽でしょう。
目の前にあることを書くわけで、モデルを求めることも比較的容易でしょう。
「精確さ」をそれほど求められないのも楽でしょう。
現代小説が難しい点は、よほど肉と皮の部分を工夫しないと、どうでもいい小説になってしまう点。
……いや、これは現代小説の骨部分が、わたしにとってどうでもいい存在であるだけでありますが。
(他人の惚れたはれたや心の闇、現代の病巣など、全てわたしの興味の対象外。)
まあ、こんな風に現代小説を落として歴史小説を持ち上げるのも間違っているが。

ちなみに、テレビでこのアサハカな意見を述べていたのは……渡辺淳一。
あとで調べたら、彼も以前は歴史小説の類を書いたこともありそうなのだが。
それで、そのセリフはどうかね?
こんなアサハカなことを言う程度の作品しか書いてなかったのか、と思ってしまうよ。

多分渡辺淳一は一生読まないと思う。元々、わたしの興味の対象からは一番遠い所にいる。
面白いのかもしれないが、……なんでわざわざ不倫どろどろの話を読まなあかんねん、と思うし。
読まんで言うのも、これもまた相当にアサハカな話なんですけどね。
でもまあいいでしょ。好みというものもあるし。
わたしは縁なき衆生でいいです。遠いところでガンバってください。

火天の城
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