図書館で検索すると、どうも著者は絵本作家らしい。その事実とタイトルから、
「ありがちな短期滞在記なんだろうな。昔、馬小屋だったとかで、
住所にmewとかmeadowとか付く場所があるそうだから、著者はそういう住所に住んでたんだろうな」
と決めてかかって読んでみたら……全く違った。
馬の話でした。かなりしっかりと。
背景は、実はなんだかよくわからない。最初から読んでいってわかるのは、
「一人の女性が、(多分)単身渡英し、渡英後に馬を習うことを思いつき、
その後ライディングセンターに(多分何年かずっと)通い、馬術を習得していく」
ということ。彼女が何歳なのか、生業は何なのか、どんな日常を送っているのかなどは不明。
あとがきには「馬を始めて3年経った頃、アシスタント・インストラクターの資格を
取ることを考え始めた(実際に取れたかどうかは不明)」「そうこうしているうちに日本へ
帰ることになった」「(その時点で)イギリスで過ごした時間は人生の3分の1になろうとしていた」
「帰国後5年してこの本を書いた」とある。
わからんなあ。ほんと個人背景が薄い。
一応著者略歴を見れば、ある程度は何とかわかるんだけどね。
「1978年から10年間をイギリスで過ごす」と書いてある。ということは、
数年のプラスマイナスがあるにせよ、おおよそ20歳から30歳までをイギリスで過ごしたと。
帰国後、エッセイや詩などを書いていると。なるほど。童話作家なんですか。
しかしこういうことは、本文中には欠片もない。こういう類のエッセイにしては異様と思えるほど、
著者は自分の身の上については書かない。書くのはひたすら馬のこと。
文章がなかなか良かった。淡々とした語り口。ちょこっとしたところの言い回しも。
この人の文章には余韻があると思う。一章読み終わった、その余白に静けさがある。
この人、字の本はこれだけのようなんだけど、もう少し書いて欲しい気もする。
でも結局、書きたいテーマって、普通はそれほどあるものじゃないから。
彼女にとって切実性のあるテーマは、馬と、それに付随する人間、そしてロンドンだったのだろう。
だからこそ、この1冊がしっかり詰まった作りになった。
意外なくらいに読後感が良かった。こういう軽めのエッセイというジャンルにおいては珍しく、
「読んで良かった」とまで思えた。
馬に乗りたくなるなあ。
わたしは引馬程度しか経験がないのだけど、読んでいて、体験としてわかる部分が時々あった。
例えば、馬は下り坂だとかなり怖い。
乗ったことのない人だと、乗り手の目の前に馬の首があるというイメージだろうが、
実は、馬はけっこう首を下げる動物なのですな。
特に下り坂。首を下げて、大げさに言えば匍匐前進的な歩き方になる。
そうなるとその背中に乗っている人間は、前にのめりがちになるんですね。
もしちょっとでも馬がつまづいたら、すぐ前方へ投げ出されそう。
観光牧場の引馬コースでさえそれだから、本文中、馬で山に登って降りたという部分なんか
想像するとぞわぞわするような感覚があった。いやだなあ、悪路の下り坂。
あ、それから、この本のおかげで、ずっと疑問だった
「なぜスコットランドヤードはそう呼ばれるのか?」がわかった。ありがとう。
文藝春秋
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