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◇ 宮本輝「優駿」

あー、もう!非常に惜しい!勿体ない!あとちょっとなのにーっ!

何でもう少しさっぱりした話にしてくれないのだ、宮本輝よ!
例えば多田の設定をもっとあっさりにするとか。誠の待ち時間を2年半という長さではなく、
数か月程度にするとか。佐木とその妻がいなくても大勢に影響しなかったと思うし。
野木の話なんていらないよーっ!
増矢を始めとする騎手の面々にも、もう少しいい人がいて欲しかった。
ここらへんがもう少し爽やかな方向へ行ってくれさえしたら、ものすごく面白く読めたのにっ!

わたしはフィクションに現実を求めてはいない。
人間が生活をしていれば、別に特別なことをしなくても、傷やささくれが数えきれないほど生じる。
人間の醜さや、現実でもいかにもありそうな不幸、人生の辛さ。
本を読むことで、わざわざそれを追体験する必要があるのか。
同じ読むなら現実には決してない、夢のように美しい――美しいとまでは言えない場合には
せめて読んで楽しいものを読みたい。

そういう観点からすると、この「優駿」はほんと、惜しいっ!と叫びたくなるような作品だ。
基本の話はいいんだけどな~~~~~っ。
小規模な牧場。牧場主が夢をかけて(金もかけて)、その結果誕生した1頭の仔馬。
その馬がダービーで勝つまでの物語。
……この基本にもっと焦点を当てて書いてくれたら。

そりゃ和具さん親子、魅力的だよ。うまく書けてるよ。でも、トカイファームをメインにして、
和具さんたちはもっと比重少なく書いて欲しかった。和具さん近辺を書くと、
どうしてもささくれの話になる。
博正をもっと書け、博正を!いいエピソードが数々あるとはいえ、もっと寄り添って
書けたはずだっ!若者が小さな牧場に夢を描くという、そういう素直な話を読みたかったぞっ!

惜しい惜しいと連呼しているのは、そうせずにはいられないほど、いい話であったから。
ティッシュ2枚分泣かされた。トカイファームが出てくると、別に泣くようなエピソードでは
なくても泣けた。……もしかして前世は道産子かなんかだったのだろうか。
博正が仔馬に語りかけるところなんて、思い出しただけで泣けるわ。なんて愛おしいのだろう。
吉永と博正の関わりも、そんな甘いこと有り得ん!と言われようが好きだ。

現実では、夢は叶わない。
断言するのは正確ではないが、断言しても間違いではないほど、現実には夢は叶わない。
だとすれば、美しい夢を描いて、それを叶えさせてやるのがフィクションの価値だろう。

比較するものでもないかもしれないが、わたしが池澤夏樹を好きなのは、この辺なんだろうな。
彼の作品は優しみがあり、後味が悪いというようなことはほとんどない。
めでたしめでたしでは終わらないにしても、一つの物語が完結した安心感と
ほのかな希望が常に感じられる終わり方をする。悪人もあんまり出てこないしね。

宮尾登美子の「蔵」なんかも良い例だな。
わたしは基本的に「蔵」のような湿度の高そうな話は苦手なんだけれども、これが好きなのは、
話の骨子に対して、けっこうさっぱりと物語が進んでいくからだと思う。
いかにもささくれだらけの話のようなのに、ほとんどささくれがない。
「優駿」もこの程度のさっぱり感で書いて欲しかった。

 
※※※※※※※※※※※※

しかしなんで宮本輝はここまで物事を詰め込むかねえ。勿体ない。
ここまで詰めなきゃ不安なのだろうか。
人生のマイナス部分を律儀に書き込むのも、それが公平な立場だと思っているせいだろうか。

いいんだよ、と言いたい。おとぎ話だっていいじゃん!たとえリアリティが多少減じようが、
美しさだって立派な作品の価値だよ。むしろプラスマイナスをどちらも描こうとして、
登場人物の設定が「こんな状況の人がなぜこんなに集まる……」的ぎっしり感で損なわれてしまうより、
素直に始まって素直に終わった方が、どれだけ美しい話になるか。
せっかく美しく書けるんだから。素直に書いてくれええええ。

既読の宮本輝作品、すべて最後の終わり方が不満だったので、残りページが少なくなった段階で、
「ハッピーエンドにしろよー!」と内心叫びながら読んでいた。これでいつものビミョーな
終わり方だった日にはアンタ。わたしは怒りまくるぞ!
……で、結局終わり方はやっぱり微妙だったんだけどさ。しかも怒るか怒らないか、
自分でもどっちにするべきか決められないほど、ほんとビミョーな終わり方。
最後、なぜあそこで素直に勝たせてやれないのか……。
宮本輝に会う機会があるとすれば、その時はぜひ膝詰談判で問い詰めたい。

田中芳樹が登場人物に言わせているセリフで、
「でもクーンツは後味の悪さと文学性の高さを混同することはありませんからね」
というのがある。宮本輝も、絵に描いたようなハッピーエンドにすると文学性が損なわれると
思っているんだろうか。ま、文学性とまで話を広げなくても、素直にハッピーエンドに
するのは恥ずかしいとか思っているんだろうか。勿体ないよなあ。

(ところで、上記のセリフを最初に読んだ時点で、わたしはクーンツは未読だった。
なのでそのセリフに共感したのだが……。
その後何冊か作品を読み……彼の話は同じパターン、最後のハッピ―エンドだけが取り柄、
というものであることを発見した。そうなると上記のセリフに対しては非常に複雑ですな。
なお、わたしはずっと田中芳樹をエンタメ作家として高く評価していたんだけれども、
「夜光曲」という作品があまりにもヒドかったので、今はまったく読めなくなってしまった。
可愛さ余って憎さ百倍状態。ちなみに宮崎駿もずっと好きだったのに「ハウルの動く城」が
赦せなかったので、今後二度と新作を見ることはないかもしれない。)

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ところでこの作品は映画になりましたね。
調べてみると20年前の作品。吉岡秀隆が誠役だと知ってびっくり。そうか、20年前は
彼はそんな年まわりか。てっきり博正だと思っていたのだが。

わたしはこの映画、見てはいないのだけれども、多分散々宣伝をしたのだろうな、
斎藤由貴が「オラシオン」とささやく声を鮮明に覚えている。当時もこの名前は素敵だと思っていた。
意味は「祈り」。フランス語の響きだと思っていたが、スペイン語だそうだ。
原作を読んで、ちょっと見たい気になった。役者もなかなかのところを揃えたようだし。
が、ちらっとネット上での評価を見ると、あまり芳しくない様子。
やっぱりやめとこうかな。しょーもない映画を見ることは人生の損失だし。
制作がフジだそうだしね……

わたしは競馬はしたことがないけれども(競馬場に行ったことはある)、
観光牧場で引馬をやっていれば出来る限り乗り、
1度外騎乗をしたことがあり(30分程度で、牧場の人についててもらってだが)、
北海道では日高ファームまでわざわざ行き、帰り電車がなくてタクシー代1万3千円を払い、
市内の乗馬クラブの体験入学に参加したことがある程度の馬好き。
金があったら乗馬をしたいです。
なので、馬の蘊蓄とか競馬の世界のことも興味深く読んだ。

しかし馬そのものは非常に美しい生き物なのに、それが競馬という場で生きるようになると、
その一点曇りのない美しさが曇ってしまうのは残念だ。馬もレースそのものも美しいのに、
そこに賭けという要素が入ってしまうせいで。
競馬を賭けなしで行うわけにはいきませんかね?
野球もサッカーも、別に賭博でなくても、人は見て楽しく応援している。
同じように競馬も賭けではなく、純粋な勝負として楽しめるようにならないだろうか。
……構造的に、絶対にならないだろうけどさ。

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