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< 女帝 エンペラー >

歴史好きでセット好きのわたしは、映画の冒頭からこれでもか!とばかりに並べられた
セットにヤラレてしまった。中国のコスチューム物はけっこうツボだ。
「グリーン・デスティニー」「HERO」「LOVERS」(一応「決戦・紫禁城」も)などなど、
中国もんはセットにかなり金をかけるね。日本映画もたまには真似してくれたらいいのに。
ああ、西安に行きたいなあ。

今回もしょっぱなから、あざといほど作りこんだセット。冷静に考えるとありませんよ、
あんな場所であんな舞台で、あんな歌舞を練習するというのは。
わたしは筋の通らなさにはかなりウルサイ方なので、本来ならば切り捨ててしかるべきなのだが、
でもなー。美しいので許せてしまう。何の意味もないあの竹製滑り台や
歌舞そのものの狙いすぎたシュール感も、まあいいか、という感じ。
しかしそうは言いつつも、あの類のシュール系はありがちではある。蜷川演出のギリシア悲劇の
コロス役を連想させる。こないだの時効警察でも似たようなのが出てきていたし。

それにしても超現実系歌舞人の皆さん。衣装が粗末な麻っぽいゴワゴワなのは何となく納得出来るのだが、
仮面をなぜもっと上質なものにしなかったんだろうね?小学生の図工並み。
能楽の伝統がある日本なら、まず間違いなく木で作ることになるだろう。
能面のように、ぴんと白く塗って仕上げる。その方がきっと数段美しさが増した。
うーん、大陸には木彫り面の伝統がないのか?まあ、面については日本は究極を行っている気がするから、
日本人としては見方が厳しくなりがちなのかもしれないが。

「ハムレット」が好きなので、それが原案だと聞いた時にはどう料理するのか楽しみだった。
もっともあの作品は、要素としてはわりと単純化出来るので、翻案のハードルは
それほど高くはなかったように思う。かなり伸縮自在だよね。
極端な話、「父を殺した叔父と再婚した母」と「ハムレット」さえいれば、それで形になってしまう。
今回は想像よりも、ずっと原作に沿った話になっていて意外なほど。
ここまでは期待していなかっただけに、この翻案化には好感を持った。

しかしそれは、話として評価出来るという意味ではありませんが。
細かい部分がまるでいけませんでしたな。見せ方が下手。もう少し脚本を練って欲しかった。
わたしは大筋にあまり文句はなかったんだけど、前半、登場人物を把握するのに少々苦労した。
歌舞人と刺客と、王子と王様の関係が掴めなかった。王子、帰着して王様に挨拶もなしに
王妃の所に行ってたような。あの段階では王様と王子の顔合わせの睨み合いが不可欠な気がするがなあ。
オフィーリアの最初の登場が皇后の衣装選びの場面に来てしまうのは、あまり良くない。
まずオフィーリアのシンボル化をして欲しかった。単なるお針子かと思ったよ。
話の繋ぎ方が雑だと感じた部分はかなりの数にのぼる。

それから、流血戦闘シーンが過多。
うーん、中国コスチューム物においては殺陣も売りなんだろうから、これは好みの問題だけれども。
何もここまで切ったはったをしなくてもいい。血糊の量が過剰だし。
戦闘シーンを50%、流血を90%カットした方が良いと思う。
ワイヤーアクションも、必要最小限に抑えた方が効果的だと思うが。

役者は、みなさん普通に良かった。
チャン・ツィイーが女帝に見えるだろうか、という不安を事前に抱いていたのだが、
心配されるほどのことはなく。たっぷりした女帝というわけではないが、あの映画で求められる
王妃像としてはまあまあ。もう少し迫力があると面白みも増しただろうけどね。
ダニエル・ウーも可もなく不可もなく。少々薄味で、これという決定打には欠けるけれども。
その他の役者もいい意味で目立たず、自分の役柄をこなしていた。地味だがまとまっていた。
王様がなんというか、愚かしくていじらしかったね。ここが原作と全く違う点。
ハムレットでは、王様は全く共感を呼ばないもの。王様の死はこっちの方がずっと可愛げがある。
まあ、あくまでも愚かしい行動ではあるのだが。

ところで最後の。あれは一体誰が投げた剣?
パンフレットでは前王様の怨念だとしている人がいたが、わたしはそれは取らない。
それにしては王妃の断末魔の表情が合わない。あれは剣を投げた人をはっきり視認している顔だし、
それが前王様(の亡霊)だとしたら、驚愕と裏切られた怒りというああいう表情にはならない。
わたしは「リン」に一票。だって、名前が出て来るような登場人物って全員死んでいるし……
あ、一人は流刑か。他に多少なりとその他大勢から個別化できている人っていえば、
内侍監くらいしかいない。うーん、内侍監でもいいけど。でも1シーンだけ、リンの微妙な表情を
映したり、あまり意味なく王妃がリンの名前を言ったりしてたから。
理解されなくてもいいとした上での伏線であると読む。
……わたしは別に王妃はあのままでも良かったと思うけどね。「ハムレット」の肝は、
最後全員死に絶える呆れるばかりの無意味さにあるけれども、それこそ翻案なんだから、
忠実になぞる必要もあまりなかったのだし。

それから、この映画の最大の謎、……なぜ「女帝」で副題がエンペラー?
エンプレス(発音記号的にはエンプリス)ではないのか。
原題は「夜宴」だそうで、それを女帝と変えたのはいいのだが、
(「夜宴」では想像される話の内容との乖離があまりにも激しすぎる)
なんでエンペラー?誤訳は有り得ないだろうから、当然分かった上でエンペラーを選択したのだろうが、
いくら日本語においてはエンペラーの方が通りがいいと言っても、こういう誤解を生むやり方はいただけない。
明らかな間違いをタイトルにしてしまうのは良くなかった。

ずっと昔に、豆腐屋さんが「豆富」という表記を使い始めたら、教員の立場から
「小学生に混乱を与えるので止めて欲しい」とクレームが入ったというニュースがあって……
それがいたく心に残っている。豆腐屋さんの気持ちもわかるし、教員の気持ちもわかる。
でも結局、やはり「豆腐」であるべきだと思うんだな。たしかに掛詞とか、本歌取りとか、
「みなし」に面白みを感じてきた日本語の中においては「豆富」、実に面白いんだけどね。
「みなし」はある程度の素養も必要とされる。素養のない小学生の段階で「みなし」の方だけが
頭に入ってしまったら、困るものね。

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