今期あまり出番がなかったとは言え、後半になかなかの活躍をしたので、少なくとも来期は
まだ現役だと信じていました。来年もまたフルスタで、飯田選手の応援が出来ること、疑ってなかったのに。
突然、引退というニュースを聞いて。驚いたし、寂しかった。
とはいえ、そういう決断をした球団に怒りは感じない。
こういうのってタイミングですから。相対的なもの。飯田選手本人が選手としての
限界を感じるまでにはあと1、2年あったことでしょうが、これは能力の絶対値の話じゃありませんからね。
大勢でやっている以上、集団にはバランスというものがある。そして、人間のバランスの計算には絶対の正解がない。
ほんと、めぐり合わせですよね。
引退と聞いてから、最後の試合を観戦に行くことに決めました。
飯田選手が仙台で最後の試合をするなら、必ず見送りにいかねばと。
行けないファンの分も。急に決まったことだし、行けなくて口惜しい思いをしているファンは
沢山いるでしょうから。すぐ行ける場所にいるわたしが行かなくては申し訳ない。
幸いチケットはバックネット裏以外で唯一残っていたライト指定席を何とかとることが出来ました。
飯田選手。20年間お疲れさま。
足を活かしたかっこいい守備、走塁、強肩、フェンスよじのぼり、そして生真面目で柔和なキャラクター。
もちろんスワ時代が長かったけど、ずっと見てたよ。野村ID野球の申し子という言い方を
よくされるけど、たしかにその中の大きな一つの星だった。
広い守備範囲は、さすがプロ!というファインプレイを生んだし(もっとも、ファインプレイである筈が、
それほどすごく見えないという状況も多々あっただろうけど)失点を数限りなく防いだ。
飯田選手にしか果たせない役割があったと思う。足は天性の財産で、それがあったことで、
チームの攻撃が重層的になった。面白い試合にしてくれた。
強かったヤクルトの、間違いなく一つの柱だった。
二年前、ヤクルトを退団することになった時は、正直寂しかった。
スワファンのわたしにとっては「ヤクルトの飯田哲也」であって欲しかったから。
でも楽天に所属することになって、フルスタで応援が出来ることになって嬉しかったよ。
楽天の初ヒットは飯田選手だったよね?テレビで観戦して、「さすが飯田!」と我が事のように自慢した覚えがある。
試合を観戦に行って、初めて実物の飯田選手を見た時は、嬉しくて写真を何枚も撮った。
すごく小さくしか写らないのに。(あの頃は少し太ってたね。)
去年、今年と何度か観戦に行って、「飯田ー!」と大声で叫べるのが嬉しかった。
今日も何度も叫んで来たよ。ヒット、欲しかったね。最後に打席が回れば良かったのに。
挨拶の言葉は、いつもの飯田選手らしく、あんまりかっこつけたことは言わない。
少し口惜しさを滲ませつつ、感謝の言葉。仙台のファンにありがとうと言ってくれた。
良かったよね、二年前にユニフォームを脱がなくて。完全燃焼とはいかないけれど、
楽天で得たものもあるでしょう?何事によらず経験はプラスに転化する可能性を持っている。
それが今後指導者としての立場でも生きるはずだ。
そう、これからは指導者として。
今までやってきたことと似て非なる新しいことだから、大変です。
自分がやるのと他人にやらせるのでは、同じ野球といっても全然違うことでしょう。
今後は勉強の日々ですね。がんばって下さい。
……ファンとしてはついつい、飯田二世というような選手の育成を期待してしまうけど、
まあこれは選手の素材にもよるので。なかなかそう上手くはいかないかもしれないが。
最後、球場を一周して、ライト外野席の前で一礼をした時、泣けて仕方がなかった。
わたしは一所懸命手を振った。観客席はみんな手を振っていた。
そんな風に送ってもらえるのは、幸せな選手生活だった証拠。
「いい選手がいたなあ、飯田っていう……」と、ずっと言われ続ける選手だと思う。
お疲れさま。飯田選手。ありがとう。
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