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◇ 沢村凛「瞳の中の大河」

これは「みっちり」した本。

本を読んだ後に感想が書きたくなる本というのは、良くも悪くも「物を思わせた本」ということだ。
どこが好きなんだろう?あるいはどこが嫌いだったんだろう?と自問自答したくなる本。
そうでなければ、書かれた内容のある部分について語りたいことがある本。

そういう意味では、この本は感想を書くにはちょっと微妙なものがある。
というのは、読んでいる間、あまり物を考えなかったので。
いや、面白くなかったのではない。なかなか面白かった。
すらすら読めて特に不満もない。エンタメ小説として、それは大事なことだと思いますね。

ではなぜ感想を書いているかというと……他に感想を書いてあるブログがなかった、という理由。
星の数ほどある書評ブログでほとんど取り上げられない、というのがちょっと不思議。
出来はいいのに。真面目に書いている良作だと思う。

架空世界を舞台にした、主人公である軍人の一代記。一言で言えばそういう話。
わたしがこれを読もうと思ったのは、とあるサイトで「異世界冒険小説の傑作です」という
書評家の言葉を読んだからなのだが、読後「その言い方は違う」と思った。
主人公は冒険をしているわけではないんですよ。職業が軍人で、彼の行動は波瀾に満ちているけれど、
概ね軍人としての責務に添った行動。(後半逸脱ぎみではあるが。)
それを冒険小説と呼ぶのは違うだろうと思う。
架空戦記と呼んでいた文章もどこかで見たが、それもちょっとイメージに合わない。
戦記と呼ぶには戦闘そのもののシーンがあまりないので。やはり軍人の一代記でしょう。
作者もそう書いていることだし。

わたしは本を読んであらすじをまとめるのが嫌いでね。下手だし。
書いてて楽しくないので、そこは省略する。
前半の4分の1くらいは「冒険小説」に引きずられて、多少違和感を持ちながら読んでいた。
ちょっと落ち着き悪い。わりと頻繁に場面転換があるし、登場人物は多めだし。
100ページ過ぎくらいかな。ようやく書きたいことが書けて来た感じで、話に入ることが出来た。

主人公のアマヨク・テミズの性格が、「ありそう」と「なさそう」の境界線上に位置している。
非常に四角四面な男。原理原則に従って行動する。正規軍の正義を「そうあるべきだから」
信じていて、現状を理想に近づけていくよう真っ直ぐに努力をする。
こう書くと単細胞な人間のイメージになるだろうが、……えーと、器の大きな単細胞というか、
ま、なかなか味のある男です。

かなり大きな話なので、「大きな話好き」には向くと思う。国内の政治状況とか、真面目に書いているしね。
(ただしそう詳しいわけではない)
キャラクターがどうこう、というよりその辺を書きたかったんだろうな。傾向としては歴史小説に近いかも。
微妙にラノベ向きの話ではあるのだが、これをラノベとして書かなかったことに、
価値をおきたい。まあその方が売れただろうが。
ただ、装丁がなあ……。これで損をしている。
イメージがかなり限定されてしまう。表紙で選んだ人は違和感を持ちそうな内容だ。
タイトルもそうだけど、もっとアドベンチャー!な感じの話に、どうしたって見えるじゃないですか。
こういう話を好む人は、この表紙には手を出さないような気がする。
装丁って大事ですね。

瞳の中の大河
瞳の中の大河

posted with amazlet on 06.07.02
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