PR

◇ 小川洋子『博士の愛した数式』

これは「物語の価値を教える」本。

本屋大賞を受賞した当時は、この作品は店頭にいくらでも平積みになっていた。
「第一回の本屋大賞」というところに面白みを感じて、手にとってみた。
何とか賞受賞といっても、それが面白さに直結することはそれほど多くはないけれど、
売り手と買い手の中間の存在である本屋さんが選んだものなら、
どこか毛色の違ったものが読めるのではないかと思った。

立ち読みを中断せざるを得なかったのは、途中で(文庫版なら44ページ)、
ぼろぼろ泣いてしまったからだ。わたしは相当涙もろいので、地下鉄で本を読みながら、
などというシチュエーションで目が潤むということはそれほど珍しくはない
(ので多少泣いてもいいか、という方向に耐性はある)のだが、さすがに本屋の店先で
滂沱の涙を流していたら、それはまずいだろう。「ヘンな奴がいる」ということで
営業妨害になったら大変である。立ち読みは続行不可能となった。

普通の人はここで買って帰る。が、わたしの場合「字の本は文庫で買う」が掟である。
買おうかどうしようかじっと考えて、……これは間違いなく数年後、文庫になる本だ。
文庫になりそうもない本なら、ここで買うのに迷いはないが、やはり掟は尊重すべきではなかろうか。
迷った末に、買わずに帰った。その後は続きを読むのを楽しみに、立ち読みもしなかった。
「これはいい話に違いない」と思っていたので、文庫化が楽しみだった。
近年これほど読むのを楽しみにしていた本はない。

その本がとうとう文庫化された。店頭に並んでいるのを見た時は「おっ!」と声が出た。
ほくほくしながら買って帰った。だが、これだけ前段階が長くて、これだけ期待した作品で、
それでもその期待に見合うものを与えてくれるだろうか?
「期待と評価は反比例する」……一般的に、この鉄則は絶対に正しい。少数の例外はあるけれど。
読む前はちょっとコワかった。

期待した以上に、良い作品だった。

泣ける作品が良い作品だ、なんて全然思っていないけれど、とにかく読み終わるまでに
ティッシュが二枚必要だった。
ごく普通に語っているのに、ふるふると震えるような繊細さが漂う文体は一体何なのだろう。
乾いているのにしっとりとしていて、沈鬱な設定なのに、ほのかな明るさがあるのは何でだろう。
久々に「創作物の優越」を感じた。こういう作品があるからこそ、フィクションには存在価値がある。

要素が精緻に、強固に組み合わされた、美しい結晶体のような作品。

博士の愛した数式
博士の愛した数式

posted with amazlet on 06.04.09
小川 洋子
新潮社 (2005/11/26)

※※※※※※※※※※※※

(side:B)
わたしはどこか一つが突出している作品よりも、バランスの美が好きだ。
映画でも絵でも、おおむねそれは変わらない。
このバランスを生み出すために、どれだけの落とし穴を避けなければならないかを考えると、
空恐ろしい気がする。たった一言でズレは生じてしまうもの。
最後まで落とし穴にはまらずにたどり着けたら、それは奇跡的。
細い細い綱の上を歩く、綱渡り。

バランスが見事な作品だと思う。要素ががっちりと組み合っている。

記憶能力にリミットがある老学者。
世間の片隅で静かに生きている母と子。
「美しい」数学の世界。
ポピュラースポーツとしての野球。

4番目の要素である「野球」、これをもってきたことが大きかった。
教授と、母と子と、数学。これだけで終っていたら、頭と心だけの話になったことだろう。
たしかにそれはそれでまた良さはあったはずだ。だが、野球を出したことで話が(作中の)現実と繋がった。
それどころか、読者の現実とも繋がっている。野球は昨今若者に人気のスポーツだとは言いがたいが、
年齢的に江夏豊にピンとこない人だって「野球のすごいスーパースター」をイメージするのは簡単。

のみならず、野球自体がしっかり内容にからんでいるのも見事だ。
数字を愛する博士が、様々なデータで構成される野球を愛するのも自然だ。
1992年当時の10歳の少年が野球好きなのも自然。野球の試合を見に行く、というイベントになるのも自然。
野球カードという付属物の存在、背番号に寄せられる愛着、そして誕生祝いのグローブ。
この話のために野球というスポーツがあったのでは?と思うほどピタリとはまっている。

もちろん「美しい」数学の描き方も見事だ。作者は数学が得意な人なのか?そうでもないのか?
数字が嫌いな人なら、ああいう風に憧憬をもっては書けないだろうな、と思う。
数学の証明を「レースのような」と表現する感性が光る。

ただちょっと残念だったのは、数学関係の山場の一つである「オイラーの定理」
……あそこがピンとこなかったこと。フェルマーの定理は異常にわかりやすい公式のお蔭で、
特にひっかかることもなく読めたんだけど。
数学、苦手だったからなあ……。赤点ばっかりやったわ。
あそこはオイラーの定理じゃなきゃ駄目だったのだろうか。

4つの主要素には入れないけれど、博士と義姉の関係も多分相当重要なんだと思う。
でも、今ひとつその重要性がピンとこないかな……。それは、わたしの読み取りの問題かもしれない。
あんまり恋愛小説に興味ないしなあ。

ところで、来年一月に映画が封切りらしい。これが問題だ。
寺尾聰も、深津絵里もきらいではない。監督は「阿弥陀堂だより」がきらいではなかったから、
印象は悪くない。……が、ここまで精緻に作った話を、どんなに気を使ったとしても、
映画用に直すのは困難なことではなかろうか。
吉岡秀隆が成長したルート役で出て来るという時点で、原作とは違っているのだろうし。
ああ、不安だ。映画を見るべきか否か、なかなか決心がつかない。

コメント