PR

◇ 古川薫「歴史散歩 城下町 萩 歴史読本シリーズ」

関ケ原あたりのことからさらっと書きつつ、幕末長州についてまとめられた良書。

ただ細かく言えば、「歴史散歩」というよりもより一層「歴史」の概説。
ガイドブック兼として現地に持って行くならこれではない気がする。
多分持って歩くならこっち。読んでないけど。

 

※※※※※※※※※

 

これ、山口県出身の著者が書いているのも安心なのよね。
長州史を中心に歴史小説を書いてきた人で、直木賞も取ったらしい。
2018年に92歳で亡くなったそうで、この本を書いたのは1983年のようだ。
まあ40年昔の本ですけど、歴史の話だから気にならない。新事実はあるかもしれんが。
地元だから内容が全て正しいとは限らないが、地元の見方も押さえておきたい。

この前に似たスタイルの一坂太郎著「高杉晋作と長州 ひとをあるくシリーズ」を読んで、
ある程度幕末長州については頭に収めたつもりでいる。すぐ忘れるけど。

それ以外の内容で、おっ、と思ったことは、まず長州藩が隠し金を持ってたってことね。
中国八カ国から防長二国へ減ったことで貧乏になる要素は元々あったけれども。
時代が進むにつれて、日本全国ほぼどの藩でも財政危機は訪れていたのよ。

長州藩では七代毛利重就(しげたか)の時に財政立て直しの政策を始める。
坂時存(さかじそん)という人が事務局を組織する。通称「獅子の廊下」。
事務局(=撫育方)があった場所に由来するらしい。
そこで特産物育成・販売の奨励、下関貿易への参入、金融業者育成――
いくつもの手を打つ。しかしこれは幕府にわからないようにこっそり行われたようだ。

そして面白いのは、火の車だった表の財政にその儲かった裏のお金をつぎ込まなかったこと。
表のお金は負債がかさんでいくばっかりなのに、撫育方がだんだん稼いだお金は
別に扱い、非常時のために貯めていたそうだ。

そう言ってしまえば簡単なようだが、巨額の負債は藩年収のおよそ20倍。
これが増えていくまま、隠し財産を死守するというかなり難しいことを長州はやっている。
そしてこの財産が百年後、幕末に威力を発揮するのだ……
外国からガンガン武器を買えたのはこれがあったから。
廃藩置県の頃もなお百万両が残っていたらしい。そりゃ高杉晋作が1500両使うわ。

あと、関ケ原の時に毛利が動かなかったのは一族の吉川広家がすでに家康に通じて、
八カ国安堵の口約束を取り付けていたから、というのは初耳。
たしかにこの時の毛利の動きはおかしい。まあ石田三成に同心したくはない気持ちは
あっただろう。前にテレビ番組で、この隙に毛利は中国地方の自分の領地を
広げていたという内容を見たことがあった気がする。

毛利が積極的に関ケ原に臨んでいたら歴史はどうなっていたんだろう。
それでも豊臣家に人がいなかったからね……。上手くいったとは思わないけど。

3つ目は「毛利は萩に押し込められた」というイメージがあったけど、
そこまで幕府が横暴をしたわけではないらしい。相談の上だったとのこと。
毛利側でも萩は第3候補で、決めかねる状態だったようだ。
他の候補は山口と防府。山口には海がないこと、防府は要害がないことが難だった。
ただやはり萩は交通が不便なところが欠点だった。要害と海はあるんだけど。

前の本でも読んだけど、長州藩と支藩の仲は必ずしも良くなかったというのは意外。
支藩は長府藩と清末藩。下関に位置した。なるほど、下関にも城下町があるのは
長府藩ってことなのね。清末藩はわりと最近読んだ磯田道史の本で、
データとして示されていた藩だった気がするので親近感がある。
長州藩と長府藩は養子の処遇をめぐって仲が冷えたそうだ。ありがち。

内容としてとても面白かったし、まとまっていた。
が、これ系の本として致命的な欠点もある本だったねえ。

それは、歩くのに役に立つ地図が全くないこと。

地図は一応一枚だけ掲載されているんだけど、章表紙として使われているだけで、
ちっちゃくて、これを見て歩く気にはならんよ。
こういう本ならちゃんとした地図は必須でしょう。古い本だから、その頃は
フォーマットが整っていないということなのかなあ。

まあ今どきはグーグルマップさんがありますから。でも人間としては、
観光協会の方や市町村ががんばって作ってくれる紙の地図を見ながら回りたいのよね。
その方が思い出深い。地元の人の体温も感じる。

萩で東光寺に行ってみたいと思いました。
写真で見ると、なかなか森厳な雰囲気。ここに静かにたたずめたら。
ここで古に思いを馳せられたら。

いい本でした。ありがとう。

コメント